惚れた弱み

Presented by なばり みずき


 グレイの目を盗んで執務室から抜け出したナイトメアは、人があまり通らない階段の踊り場で煙草に火を点けた。
 せっかくやる気になったというのに、それに水を差すかの如く、あれもこれもと書類を積まれてはうんざりもしようというものだ。
 こうして逃げ回ったところで、どうせ優秀な部下達はすぐに自分を見つけ出すだろう。
 だからせめてそれまでは、束の間の自由を満喫してやろう……と密かに思う。
 本気で逃げ出すつもりであれば、ナイトメアにはその手段がある。夢の世界に引き籠もってしまえば、さすがの部下達だって連れ戻すのは困難なのだから。
 そんなことを考えていた彼の耳に、階段を駆け下りてくる足音が届いた。
 グレイや他の部下断ち物とは明らかに違う、軽い足音――。
「アリス?」
 名前を口にしながら目を上げると、響いていた音が止み、代わりに螺旋階段の手摺りから身を乗り出す少女の姿が見てとれた。
「あっ、やっぱりここだったのね!」
 怒ったような声が響き、すかさず足音が近づいてくる。
 一段抜かしでもして下りてきているのか、足音が先ほどより力強い。
(何か怒らせるようなことをしたかな?)
 胸の裡で呟きながら心当たりを思い浮かべようとしたナイトメアだったが、それより早くアリスが目の前に現れた。
 駆け下りてきたからか、それとも怒りの所為か、頬が微かに上気しているのが愛らしい。
(またこんなトコでサボって、煙草なんか吸って!)
 しかし、間を空けずに流れ込んできた彼女の心の声は耳に痛いものだった。
「き、休憩していたんだ」
 せっかく探しに来てくれたと思って浮き足立った気持ちが急速に沈んでいく。
 サボったのは悪いという自覚もあるし、煙草についてはこちらの健康を心配してくれてのことだとは解っているつもりだが、それにしてももう少し言い様があるのではないだろうか。
 ふて腐れるみたいに視線を逸らすと、アリスは背伸びして彼の頬を両手で挟み、強制的に自分の方へと向かせた。
「こんなとこで仕事サボってないで、ちゃっちゃと終わらせなさい」
「上司に向かってその言い草はないんじゃないのか」
「部下として言ってるわけじゃないもの」
 アリスはきっぱりはっきりそう言って、悪戯っぽく瞳を煌めかせた。
「デートしてあげるから、さっさと仕事を終わらせてって言ってるのよ。ご不満かしら?」
 思い掛けない言葉に、ナイトメアは思わず彼女を凝視する。
 動揺のためか、うまく心を読むことも出来ない。
「アリス、今の言葉は本当か?」
「あなたに嘘ついても仕方ないでしょ。どうせ心を読まれてすぐバレちゃうんだから」
「それは、確かにそうだが……」
「私、次の休みは2時間帯後なの。それまでに、重要案件2つくらい片づけられるわよね?」
 言われてすぐさま机に積まれた書類の内容を思い出した。
 彼女が言っている案件がどれかを頭に思い描き、素早く所要時間を計算する。
 面倒な箇所はグレイを始めとする部下達がある程度まで纏めてくれているから、決裁を下すのにそう時間は掛からない。集中してやれば1時間帯ほどで終わるだろう。
「……わかった。すぐに戻って取り掛かる」
 せっかくうまいこと逃げ出せたというのに、ここで戻るのは少々もったいない気もするが、アリスからのデートの誘いなどという魅力的な餌をぶら下げられては聞かないわけにもいくまい。
 いそいそと執務室に戻った彼は、グレイが感激するほどのスピードで仕事を片付けに掛かった。
「何よ、やれば出来るんじゃない」
 というアリスの言葉を、満更でもない気分で聞きながら。







SSのフォルダを漁っていたら出てきた書きかけのが出てきました。
書いた時のことをまったく覚えてないので、きっと最初に考えていたのと違うオチになってると思います。

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