キスと誘惑 Presented by Suzume
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ベッドの中で抱きあって眠る。 一応夫婦なのだから疚しいことは何一つないが、明るい昼の時間帯にこうしているのは夜や夕方より背徳感が伴うものだ。 しかし包み込んでくれている腕は温かくて心地良い。何もかも忘れて、ずっとこうして微睡んでいたくなるくらい抗い難い誘惑だ。 アリスは半覚醒の頭でそんなことを思いながらもぞもぞと身じろぎした。 すぐ近くから聞こえてくる寝息は規則正しい。ここのところ仕事詰めで疲れも溜まっていたのだろう。ユリウスはぐっすり熟睡しているようで、ちょっとやそっとじゃ起きそうになく感じられた。 うっすらと目を開ければ、すぐ目の前に愛する男の顔がある。惚れた欲目を差し引いても充分に端整と言える容貌だ――思わずキスしたくなるくらいに。 「ユリウス」 囁くように名前を呼んだが、当の本人は瞼を微かに震わせただけで起きる気配すら感じられない。 彼女は悪戯を思いついた子供のように微笑んで、頬骨の辺りにそぅっと口づけた。 起きているときに同じことをしたら、狼狽えられるか、はしたないと文句を言われるかしたかもしれないが、幸い相手は夢の中だ。 そう思ったら更なる悪戯心がむくむくと頭をもたげてきた。 せっかく寝ているのを起こしてしまったら申し訳ないが、もし起こしてしまったとしたらまた寝直してもらえば良いだけのことだ、と都合の良い言い訳を心中で呟く。 「ユリウス、好きよ」 密やかな囁きを舌に乗せ、身を起こしたアリスは彼に覆い被さるような体勢で、今度は唇へとキスを落とした。 少しざらついた下唇を舌先で軽くなぞると、閉じていた唇はまるで条件反射のように呆気なく開いた。 調子に乗って舌を滑り込ませ、彼のそれに絡めようとしたら、突然腰を強く抱き寄せられた。 あっと思う間もなく貪られるように口づけられた。呼吸も侭ならないくらい激しいキスだ。 「ユ、リ……!」 角度を変えて尚も口づける情人へ、抗議するように名前を呼ぼうとしたが、それも途中で飲み込まれてしまった。 舌を絡め取られ、弱いところを散々刺激されて、呆気ないほど簡単に籠絡されてしまう。 着いていた手は今や完全に力を失って完全にユリウスにのし掛かるような格好だ。 と、彼は口づけを続けながら、器用に身体を反転させて、逆にアリスに覆い被さるような体勢になった。 手先の方はともかく、恋愛に関しては呆れるくらい不器用な男なのに、どうしてこんなところばかり器用なんだろうと頭の隅で悔しく思ったが、だからといってこうして翻弄されているアリスには為す術もない。できることといったら、せいぜい彼の肩にしがみついて与えられる快感の波を大人しく受け入れることくらいだ。抵抗する気は更々ないのだし。 やがて長いキスから解放されたときには、彼女はすっかり蕩かされて息が上がっていた。 何気なく見上げたユリウスの眼差しは情欲に濡れていて実に艶っぽい。 「そんな目で見るな」 思っていたことをそのまま言われてアリスは思わず目を瞬かせた。 「何言ってるのよ。それは私の台詞だわ」 「誘惑したのはおまえの方だろう? 寝込みを襲ってキスをした」 「それは……そうかもしれないけど……」 確かにそれは間違いではない。間違いではないが、そんな風に表現されると、まるで自分が誘惑に長けた悪女みたいではないか。 せめて文句の一つも言ってやろうと思ったアリスの心情を察してか、彼は愛妻の唇に指を押し当てて反論を封じた。 「愛する女に裸で寝込みを襲われて、平然としていられる男などいるものか。もしいるとしたら、そいつはよほどの腰抜けか、禁欲こそ至当と思っているマゾヒストだ。そして私はそのどちらでもない」 あまりに勝手な言い分ではあったが、その表情はあまりにも幸せそうで、彼女は思わず口の中で小さな唸り声を上げた。 惚れた男にこんな顔をさせたのが自分だというのは女としては誇らしいことだ。 でも、だからといって黙って言い負かされるアリスではない。 「私は別に寝込みを襲ったわけじゃないわ。スリーピングビューティーに目覚めのキスをしただけよ」 我ながら素直じゃないなと思いながら、そんな言い訳を口にする。 「スリーピングビューティー? それは私ではなくおまえの方だろう」 「は?」 「もっとも、おまえは眠っていなくても、私にとっては美しく最愛の女だがな」 そう言って降ってきたのは羽根が落ちるみたいに優しい口づけだった。 「……気障ね」 「私の愛妻はわがままだから、たまには甘い言葉を吐いてやらないと、愛想を尽かして元の世界に帰りたいと言い出しかねないだろう?」 からかうような口調と言葉は少しばかり気に障ったが、確かに甘い言葉は素直に嬉しい。大好きな相手から言われるのなら尚更だ。 「そうね。愛に手を抜いてたら、実家には帰らないまでも浮気くらいはしちゃうかも」 だから、たまにでいいから甘ったるい愛の言葉をちょうだいね。 アリスは笑いながらそう言って、愛する男の首筋に腕を回して引き寄せた。 寝込みを襲うのではなく、明確な誘惑の意思を伴って。 そして彼女の最愛の夫は、妻の誘惑に快く応えた。 明るい陽光が射し込む部屋で、僅かばかりの背徳感を味わいながら。 |
先日のアリスオンリーで本を出せなかったのの埋め合わせになればいいなぁ……と 勢い任せに書き上げてみたユリウス×アリスです。 前回のよりはカップリングっぽい話にできたと思います。 が、何と言いますか……ユリウス×アリスというよりはアリス×ユリウスっぽい気が……(汗) ききききっと気のせいですよ……ね……(遠い目) |