あまのじゃく Presented by なばり みずき
illustration by 桃瀬 玲 |
梅雨だというのに真っ青な空には雲ひとつない。 独特の蒸し暑さはあるものの、夏のそれより涼しい風が時折吹き抜けていく。 香穂子が屋上のドアを開けると、彼はぼんやりと空を見上げていた。 「先輩、今日はここで練習ですか?」 煩わしい親衛隊がいないのを確認して声を掛ける。 「天気がいいからな」 彼はどこか気怠げな様子で、手摺りに凭れるようにして答えた。その割に楽器はケースにしまったままである。 何か言いたげな視線を投げて寄越した柚木に、 「どうかしました?」 香穂子はしれっとして訊ねた。 柚木はそんな香穂子に少しだけ眉を顰め、それからわざとらしく呆れたようなため息を洩らしつつ肩など竦めてみせる。 「今日が俺の誕生日だって、まさか忘れてるわけじゃないよな?」 その自信は一体どこからくるんだろう。 吹き出しそうになりながら、努めて何食わぬ風を装って、 「そうでしたっけ」とうそぶいた。 大好きな柚木の誕生日だ、忘れているはずがない。けれど、それをあっさり明かすのは何だかちょっと癪だった。 だって、彼のロッカーにはたくさんのプレゼントが詰め込まれているのだ。さっき感嘆のため息を洩らしながら火原が教えてくれたから間違いない。 優しい仮面を被ったみんなの王子様は、きっと零れんばかりの笑顔でお礼を言ってそれを受け取ったのだろう。現場を見なくたって容易に想像できる。 「おめでとうの一言もないわけ?」 楽しげに目を細めた彼に、 「言ってほしいんですか?」 香穂子は笑顔で応えた。 天の邪鬼なのは百も承知だ。 だけど、みんなと同じことなんてしたくないし、同じ扱いをされたくもない。 自分の発言がどんな表情を引き出すか、内心ドキドキしながら反応を窺う。 こういうやりとりは親衛隊の彼女達には決してできないだろう。 そんな優越感が胸をくすぐる。 しかし柚木はその後の会話を楽しむでもなく、香穂子を一瞥すると、他人に見せるような作り笑いを浮かべて、 「日野さん、可愛くないね」と言って背中を向けた。 そしてそのままケースを持って屋上の入口へと向かってしまう。 もしかして怒らせてしまったのだろうか? そういえば彼は礼節を重んじるところがある。 恋人の誕生日を素直に祝うことも出来ないような女とみて、失望させてしまったのかもしれない。 そう思ったら胸がキリキリと痛んだ。まるで心臓を冷たい手で鷲掴みにされたような、あるいは冷水を頭から浴びせかけられたような気分だ。 呼び止めたいのに声は喉の辺りで凍り付いて出てこない。 遠離る背中に、心の中で「待って」と何度も叫ぶ。 怒らせたかったわけじゃない。 そうじゃなくて……みんなと同じようにお祝いをするのが嫌だっただけで……。 しかしどんなに心中で言い訳したところで彼に伝わるはずもない。 香穂子は竦んでしまった自らを叱咤するように顔を上げ、 「先輩!」と上擦った声で呼び止めた。 柚木はドアのところで、ノブに手を掛けたまま立ち止まった。そうしてゆっくりと振り返った彼は……見慣れた意地の悪い笑顔を浮かべていた。 「俺を試そうだなんて100年早いよ」 勝ち誇ったようなその表情に、香穂子はへなへなとその場に座り込んでしまった。 やられた……騙された……。 安堵と同時に敗北感が押し寄せてくる。 でも、見限られるよりは何倍もマシだと――そう思ってしまう自分がまた口惜しい。 柚木は肩を揺らしながら歩み寄ると、香穂子の側に膝を着いて手を差し出した。 「ほら、いつまでそんなところに座ってる気だ?」 意地悪なくせに、こんな時ばっかり紳士なんだから。 香穂子は満更でもない気分で手を借り立ち上がる。 と、そのまま彼の腕に抱き込まれた。 「もう一度だけチャンスをやるよ。香穂子、今日は何の日だ?」 耳元で囁かれた声にどことなく拗ねた色が混ざっているような気がするのは、都合良く解釈しすぎだろうか。 そうであったとしても、なかったとしても、これ以上意地を張るつもりはない。 香穂子は大好きな先輩の背に手を回して、 「柚木先輩、お誕生日おめでとうございます」 今度こそ素直にお祝いの言葉を告げたのだった。 ![]() |
2日ほど遅れてしまいましたが『柚木サマお誕生日おめでとう』創作です。 柚木サマ誕生日当日にネタが浮かぶも、 「原稿詰まってるからお蔵入りさせちゃえー」とか言ってたら風邪引いて寝込むという体たらく(汗) ていうか、それってもしかして柚木サマの呪いなんじゃ…? (桃瀬ちゃん・Suzumeっち、共に呪い説を肯定) ――というワケで、呪詛を解くべく、桃瀬ちゃんの協力を得て急遽書き上げてアップしました。 ろくなオチもないですが、これで柚木サマのお怒りが治まりますように!(苦笑) |