ご褒美

Presented by Suzume
illustration by 桃瀬 玲



「あれ?」
 金澤は呟いて、白衣のポケットに手を突っ込んだ。
 出したり引っ込めたりして、今度は白衣の下のシャツやスラックスのポケットを漁る。
「どうしたんですか?」
 いつものように音楽準備室に訪れていた香穂子は、探し物をしている様子の金澤に声をかけた。
「あぁ、ちょっとな」
「また何かなくしたんですか?」
 この間はライターをなくしたと言っていた。
 確かその時は机の抽斗から出てきたのだ、今回もおそらく似たようなものだろう。
 金澤はちらっと香穂子に視線を向けて、それからすぐに思い直したように
「そういうわけにもいかんよな」と呟いた。
「だから、何がないんですか? 探すの手伝います?」
 香穂子は楽譜の入ったバインダーを閉じて立ち上がった。
 こんな風にうろうろされては気が散って譜読みもできない。
 しかしそんなことを口にしようものなら、他の場所へ行けばいいだろうとあっさり言われるのが関の山だ。
 香穂子が何のためにここに来ているかなんて、鈍い金澤にはどうでもいいことなのかもしれない。
「いや、その、なんだ」
 口の中で言い訳じみた言葉を繰り返して、金澤はふと何かを思い出したようにぽんっ、と手を打った。
「先生?」
「そうだ、思い出した思い出した」
 彼は独り言のように言って香穂子に背を向けて、今度は机の脇に置いたセカンドバッグをガサガサと漁り始めた。
「あったあった」
 ほくそ笑む、という表現がぴったりの言い草で呟いた金澤の横顔は、まるで悪戯を企む子供のそれだ。
 香穂子はちょこんっと小首を傾げて、渋々と座っていたパイプ椅子に座り直した。
 探し物が見つかったのであれば自分の出る幕はない。
 なんとなく面白くない気分で再びバインダーを開いて譜読みを再開する。
 と、金澤が自分の椅子を持ってきて、香穂子のすぐ側に座った。
「日野、ちょっと手を出してみろ」
「は? はい、こうですか?」
 わけが解らないながらも素直に手を出した年下の恋人に、金澤は満足げに微笑んで、その小さな掌にビロードの小箱をポンと置いた。
「えっ?」
 香穂子が目を瞬かせて、小箱と金澤を交互に見た。
「昨日、長いことイタリアに行ってた友達がこっちに来てな、土産に貰ったんだ。「彼女にでもやれ」ってな」
 金澤の言葉に香穂子はただただ目を見開くばかりで声も出てこない。
 彼は何の気なしに言ったのかもしれない。
 けれど香穂子にとっては、その「彼女にでも」という言葉がどんなものより嬉しかった。
 目が潤みそうになるのを必死でこらえて、
「開けて良いですか?」と尋ねる。
 金澤はニヤニヤ笑って、好きにしろと言うように手を広げた。
 おそるおそる箱を開けると、そこには洒落たデザインのネックレスが鎮座していた。シンプルで甘過ぎない大人向けのデザインだが、香穂子がつけてもおかしくはないだろう。
「但し、学校には着けてくるなよ。見つかって没収でもされたら馬鹿馬鹿しいからな」
 珍しく教師らしい一言を告げた後、金澤はポンッ、と香穂子の頭を撫でた。
「ま、頑張ってるお前さんに俺からのご褒美ってやつだ」
 頑張っているというのは、ヴァイオリンのことだろうか。
 それとも、表立って恋人として振る舞えないのを我慢していることだろうか。
 金澤の笑顔は意味深で、どちらにも受け取れる。
「ありがとう、ございます」
 どちらにしても嬉しいことには違いない。好きな人からのご褒美なら尚更だ。
 香穂子は小箱を抱き締めるようにして、噛み締めるようにお礼を言った。
「デートの時には絶対に着けますね」
 とびきりの笑顔で言った香穂子に、金澤は満更でもなさそうに微笑んだ。











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