昼休みの出来事

Presented by Suzume


「香穂ちゃんのお弁当って、すっごく美味しそうだよね!」
 香穂子のお弁当箱を覗き込むようにして火原は感嘆の声を上げた。
「はは、そんな大したものじゃありませんよ」
 笑って謙遜したが、香穂子は内心ガッツポーズだ。
 いつもは母親に作ってもらうお弁当だったけれど、今日のは頑張って自分で作ったから、誉め言葉がダイレクトに響くのだ。
「その卵焼きなんか、特に旨そう!」
 そんなに目を輝かせて言われたら、嬉しいのを通り越して照れてしまう。
 香穂子はドキドキしながら、大好きな先輩をちらっと見上げた。
「火原先輩は甘い卵焼きとしょっぱい卵焼き、どっちが好きですか?」
 火原はそんな彼女の心情など全く気づいた様子もなく、少しだけ考えてから、
「どっちも好きだけど、どっちかって言ったら甘い方かな」と答えた。
 幸いにして、今日の卵焼きは甘い方だ。
 これはもう神様が味方してくれたとしか思えない。
 香穂子は勇気を振り絞って、
「食べます?」と尋ねた。
「えっ、貰って良いのっ!?」
 火原は眩しいくらいの笑顔で身を乗り出して言った。
「もちろんです。じゃあ先輩、はい、あーん」
 にっこり笑って頷いて、香穂子は卵焼きを箸で摘んで差し出した。
 と、見る間に火原の顔が朱に染まった。
「先輩?」
「えっ、あっ、うん。いただきます!」
 見ているこちらが焦るくらい真っ赤になって、彼は香穂子の差し出した卵焼きをパクッと一口で食べた。
「美味ひいよ!」
 火原はもぐもぐ言いながら絶賛した。相変わらず顔は赤いままだ。
 好きな男性に手料理を誉められることほど嬉しいことはない。香穂子は破顔して胸を撫で下ろした。
 それにしても先輩はどうしてこんなに顔を赤くしているんだろう。
 あーん、ってやるのが恥ずかしかったのかな。
 香穂子はそんなことを思って、そのままお箸で別のおかずを摘んだ。
 そこでやっと気がついた。
 つまり、要するに、彼が赤くなっている理由は……。
 香穂子は内心みっともないくらい狼狽えていたが、決してそれを表に出さないように、必死で自分の心を落ち着かせて、何食わぬ顔をして昼食を再開した。
 火原の唇に触れた、その箸で。

 それは二人がつきあい始めてまもない頃の、昼休みの出来事。








拍手の御礼用掌編としてアップしていたものです。
この二人は微笑ましくて、書いていてとても楽しいです。
いつまでたっても初々しい二人でいてほしいと思ってしまいます。

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