長閑

Presented by なばり みずき


 放課後のひとときを二人で過ごすのは、今や日課にも近い。
 香穂子の隣では可愛い後輩がすやすやと寝息を立てている。
 昨夜遅くまで本を読んでいたと言っていたから、その所為だろう。
 だから、香穂子は極力音を立てないように注意しながら、膝の上に置いた楽譜をそっと捲っていた。
 森の広場のベンチは春の陽射しが降り注いでいてぽかぽかと暖かい。志水でなくても眠くなりそうな陽気だ。
 欠伸を噛み殺しながら五線譜の上で踊る音符の列を目で追う。
「なんだ、ここにいたのか」
 不意に声を掛けられて振り返ると、そこにはジャージ姿の土浦が立っていた。
「土浦くん、これから部活?」
 声をひそめて訊いた香穂子に彼はおや、と眉を上げた。そして彼女の傍らで志水が寝ていることに気づいて目元を優しく和ませる。
「よく寝てるな、相変わらず」
 独り言のように呟いてから、土浦は再び香穂子に視線を転じた。
「実は金やんに頼まれて呼びに来たんだが……」
「金澤先生が?」
 なんだろう?
 無精髭の音楽教師を思い出して小首を傾げる。
 選択授業が音楽でないことも手伝って、コンクールの後は顔を合わせるような機会もめっきり少なくなってしまったから、思い当たる用件など殆どない。
 呼び出しに応じることはやぶさかではなかったが、隣で気持ち良く寝ている志水を置いていくわけにもいかないし……。
 どうしたものかと思っていると、それまで香穂子の肩に寄り掛かっていた志水がむくりと身を起こした。
「あ、志水くん、起きた?」
 志水が起きたのであれば話は早い。
 金澤の用件がどんなものかは判らないけれど、急いで用事を済ませて戻ってくれば良いだけのことだ。
 そう思った香穂子だったが、
「先輩、行っちゃいやです」
 志水は眠そうな目をしてそう言うと、香穂子の腕をしっかり抱き締めるようにして、再び彼女の肩に頭を預け規則正しい寝息を立て始めた。
 思わず土浦と顔を見合わせて、それから二人して小さく吹き出した。
 きっと寝ぼけただけなのだろう。
 でも、こんな風に独占欲を顕わにされるとは思わなかった。
 くすぐったいような嬉しい気持ちについつい頬が緩んでしまう。
「土浦くん、悪いんだけど……」
「ああ、金やんには俺から言っとく。日野は今、忙しくて手が離せないってな」
「ごめんね、ありがとう」
 苦笑しながら言う香穂子に手を振って、土浦は校舎の方へと走り去った。
 その後ろ姿が遠くなってから、香穂子は空いている方の手で志水の頭を優しく撫でた。
 ふわふわのくせっ毛が指先に気持ちいい。
「大丈夫だよ、志水くん。私はどこにも行ったりしないからね」
 言い聞かせるような香穂子の言葉に安心したのか、彼の寝顔が嬉しそうに綻んだ気がして、つられてこちらも笑みが浮かんでしまう。
 こんな風に緩やかに流れていく時間がいつまでも続けばいいのに。
 彼女は膝の上に広げたままになっていた楽譜を閉じて、自分も静かに目を閉じた。








大槻さん(志水ファン)との電話の後にふと浮かんだ話です。
香穂子を呼びに来る土浦と、寝ぼけながらもしっかり「いやだ」と意思表示する志水くん。
――このシーンは、実はかなり前から頭にありました。
でもこのシチュエーションを短いながらも一つの話に纏めることが出来たのは、
ひとえに大槻さんとお話しして萌え脳が活性化されたからではないかと思われます(笑)
しかし、肝心の志水くんよりも、土浦くんの方が台詞多いってのはいかがなものかと…(反省)

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