雪 Presented by なばり みずき
|
「あ、雪」 帰り道、香穂子が空を見上げてぽつりと言った。 「冷えると思ったら、道理で……」 土浦は一緒になって空を見上げながら、落ちてくる白い結晶に手を伸ばす。 掌に触れた雪はすぐに溶けて消えてしまった。 「積もるかな?」 傍らの香穂子が、どこかわくわくした声で言う。 瞳を子供のように輝かせているのが何だかとても微笑ましい。 「積もったらどうするんだ?」 明日の休日は出掛ける約束をしている。雪が積もって交通に影響が出たら予定を変更しなければならないだろう。そうなったら、楽しみにしていた外出は文字通り水の泡だ。 土浦の少し意地悪な質問に、しかし香穂子は全く動じた様子もなく、 「積もったら雪合戦できるよね」 などと呑気にそんなことを言う。 「おいおい、二人で雪合戦するのか?」 「そっか、土浦くんと対戦だと分が悪いな」 「いや、そういう問題じゃなくて」 この調子だと、雪が積もったら、他の誰か――例えばコンクール参加者の面々や天羽などだ――を誘って雪合戦ということにもなりかねない。 半ば慌てて言葉を遮った土浦に、香穂子は声を上げて笑った。 どうやら冗談だったようだ。 ホッと胸を撫で下ろした彼の腕に、香穂子は抱きつくようにして自分の腕を絡めた。 「せっかくのデートに、そんな野暮はしませんよーだ」 「そいつは良かった。お前ならやりかねないってちょっと心配だったんだ」 悪戯めいて言った彼女に軽口で返す。 「でも、雪だるまくらいなら、つきあってくれるでしょ?」 ねだるように見つめあげられて、土浦の鼓動が早くなった。 恋人にこんな可愛い顔でお願いされて断れる男がいるだろうか。 ましてや明日の外出は土浦の希望というよりは香穂子の希望といった方が正しいのだ。異存のあろうはずもない。 「まあ、そのくらいならつきあってやるさ」 いつでも行くことの出来るデートプランと比べたら、やはり雪景色を楽しみつつ雪だるまを作った方がよほど魅力的だ。 土浦が頷いたのに気を良くしたのか、 「雪、積もるといいね」 香穂子はもう一度空を見て、それから土浦に視線を戻して無邪気に微笑った。 残念ながら、雪はうっすらと地表を白くしただけで積もったりはしなかった。 案外、冬将軍が二人の熱に当てられて、早々に立ち去ってしまったからかもしれない。 |
これはWeb拍手の御礼用掌編としてアップしていました。 加筆修正などはしていないので短いですが、それはご愛敬ということで(笑) この話は仲間内でたいへん好評でした。 自分でも結構気に入ってたりします。 |