恋占いの行方 Presented by Suzume
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配達から帰って事務所のドアをくぐった真咲は、 「あっ、先輩、おかえりなさい」というるりの花のような笑顔に迎えられた。 ちょうど休憩時間らしく、彼女は缶のミルクティーを飲みながら雑誌を捲っているところだった。 広げた雑誌はそのままにぱたぱたと小犬のように駆け寄ってくるのが何とも愛らしい。 「外、寒かったですか?」 「ああ、まぁそれなりにな」 車と言っても店の軽トラで、暖房効果はあまり期待できない代物だ。 たとえ冬の寒さに震えながらの配達業務だとしても、こんな風に温かい――それも大変好ましく思っている相手からの――笑顔に労われるのであればそれも悪くない。 事務所の片隅には保冷と保温ができる小型のクーラー&ウォーマーがあって、夏は冷蔵庫代わり、冬はホットの缶飲料などを保存するのに用いられているのだが、るりはそこから1本の缶コーヒーを取り出した。 真咲の好きなメーカーの缶コーヒーだ。 「自分の飲み物買いにいったついでに、先輩のも買っておいたんです」 満面の笑みで差し出されて、彼は何食わぬ顔をしてそれを受け取った。 実を言えばパーカーのポケットに同じものが入っていたのだが、そんなことを言ってこの笑顔を曇らせたくはなかったし、たとえ同じ銘柄でも自分が買った缶コーヒーよりこちらの方が数倍も美味しそうだ。 何より彼女が自分の好みをしっかり覚えていてくれたのも嬉しい。 「後輩にたかるわけにはいかないから、後で何か奢ってやるよ」 先輩風を吹かせて言いながら、自分の胸中に宿る下心に苦笑する。 配達に出る前に店長が今日は少し早めに店を閉めると言っていたから、今日ならば少しくらいの寄り道は許されるだろうと思ってのことだ。 「じゃぁ次のシフトの時にこれ御馳走して下さい」 るりはそう言って、自分が飲んでいた缶紅茶を掲げて悪戯っぽく微笑んだ。 「なんだ、そんなので良いのか? せっかく今日は早く上がれるから、ケーキでも奢ってやろうと思ったのに」 内心のがっかりした気分を隠しつつ勿体ぶって言ったら、彼女の表情が一瞬名残惜しそうなものに変わった。しかしすぐにそれを振り払うように苦笑して、 「今日は帰りに寄るところがあるんで」と断られてしまった。 ちらりとこちらの邪な下心がダダ漏れだったせいかという考えが頭をよぎったが、るりの表情には相変わらず警戒心らしいものは見受けられない。 恐らく本当に都合が悪いんだと理解して、それじゃしょうがないよなと笑い飛ばした。 下手に食い下がって警戒されるより、今は地道に距離を詰めた方が良い。 そんな真咲の気持ちを知ってか知らずか、彼女は再び読んでいた雑誌に目をやった。 開かれていたのは占いの特集ページで、今年の運勢がどうとかいう見出しが踊っていた。 「そういえば、先輩の誕生日っていつなんですか?」 探るみたいな目で見上げられてどきっとした。 誕生日は来週で、るりからプレゼントをもらえたらいいなと思ってはいたが、きっと彼女はこちらの誕生日など知ってるはずもないからと諦めていたのだ。 とはいえ、今ここで誕生日を明かしたらまるでプレゼントを催促しているようではないだろうか。 逡巡したのは一瞬で、真咲は貰った缶コーヒーのプルトップを開けながら、 「何だ、急にそんなこと聞いて?」とそれとなく尋ねてみた。 「えぇーと……今、ちょうど占いのページ見てたから。先輩、何座なのかなって……」 るりは視線を雑誌の方に向けて照れくさそうにそう言った。 「なんだなんだ? オレとの相性でも調べる気か?」 茶化して言ったら途端に彼女の顔が真っ赤に染まって、つられて赤面しそうになった。 「いや、えぇーと……」 まさかビンゴだったのかと思いつつ茶を濁す言葉を探す彼に、るりが慌てた様子で首を振った。 「いえ、あの、そういうんじゃなくて! あっそれもちょっとはあるけど……えぇーと、つまりその……」 しどろもどろになって言い訳する姿は可愛いかったが、はっきりとした否定の言葉は思いのほかダメージが大きかった。 もちろん、るりの無防備極まりない態度を見ていれば、自分が彼女の恋愛対象かどうかなど判ろうというものだが、それにしてもああもはっきり言葉にされるとやはりきつい。 おかげで、るりがもぐもぐと口の中で呟くように言っていたというのもあるが、後半の台詞は殆ど聞き取ることができなかった。 真咲は内心のショックをとりあえず脇に追いやって、 「水瓶座だよ。誕生日は来週の24日。プレゼントとかは気を遣わなくて良いからな」と告げた。 捨て鉢な気分も手伝ってどことなく素っ気ない言い方になってしまったが、今の彼にはそんなところにまで気を回すゆとりはない。 「さて、と。あんまりサボってると有沢や店長にどやされるな。コーヒー、サンキューな」 これ以上こうして話していたらどんどんボロを出してしまいそうだったから、真咲は可愛い後輩の頭をポンポンッ、と撫でてその場を退散することにした。 背後から聞こえた小さな溜息には気づかない振りで。 そして迎えた誕生日当日、真咲は浮かない気分で仕事に精を出していた。 星占いによれば今日の水瓶座の恋愛運は10点満点だというが、あれからるりとは何となくぎくしゃくしてしまっているし、今日のバイトもシフトに入っているわけでもない。 想い人と会えないのならいくら恋愛運が良くたって何の意味もない。 だいたい、彼女が星占いがどうとか言い出したからといって柄にもなくそんなものをチェックしてしまう自分は、なんてロマンティストなんだろう。滑稽すぎて笑えるほどだ。 情けなくなって肩を落とした真咲に、有沢がくすくす笑いながら近寄ってきた。 「真咲くん、今日は調子悪いみたいだし、もう上がったら?」 「いや、別に調子悪いわけじゃない。ただちょっと、な……」 適当な言い訳を考えるのも億劫で、彼は曖昧に言葉を濁した。 有沢はそんな真咲に尚も笑顔を深くして、 「今日はお店も暇だし、手も足りてるから早退したって平気よ。それに、あんまり待たせちゃ可哀相だし」と言った。 「え?」 言葉の意味が判りかねて顔を上げたら彼女は意味ありげに視線を店の外へ向けた。 つられるように目を向ければ、そこには人待ち顔のるりの姿が見てとれた。 一体いつからそうしていたのだろう。 外には何度か目をやっていたが、有沢に示されるまで全く気づかなかった。 定休日の不動産屋はシャッターが下りていて、羽ヶ崎学園のグレーの制服はまるで保護色のようになっていたからそのせいもあるかもしれない。 「こういうことを私が話すのはフェアじゃないかもしれないけど、先週あの子、真咲くんから直接誕生日を聞き出すんだって張りきってたのよ。何があったか知らないけど、早く仲直りしてらっしゃい」 「有沢……」 思いもよらない言葉に瞠目していたら、有沢から急かすように肩を叩かれた。 「店長にはうまく言い訳しておいてあげる。私からの誕生日プレゼントよ。さぁ、ほら早く帰る支度して」 その言葉に、真咲は今度こそ頷いて、 「今度何か奢る」と言って踵を返して事務所に向かった。 エプロンを外して上着を羽織り、タイムカードを押して裏口から出る。 表通りに出て「るり」と声をかけたら、彼女は飛び上がらんばかりに驚いてこちらを見た。 「先輩!? どうして……バイトは?」 「今日はもう上がり。おまえこそどうしてこんなとこにいるんだ? 今日は部活だろ」 自惚れかもしれない、と冷静な自分が頭の隅で囁いた。 しかし、自惚れでもいい、と感情的な自分がそれを押し退けた。 だって、よりにもよって今日この日にるりがここにいて自分を待っていてくれたのだとしたら、他に理由なんて考えられない。 期待に鼓動が速まるのを他人事のように感じながら、真咲は辛抱強く彼女の答えを待った。 ちらっ、と見上げてくる目は頼りなげで、思わずこの場で抱き締めてしまいたいくらい保護欲を刺激されたが、自制心を総動員して抑え込んだ。 「先輩に……」 「うん?」 「先輩に、お誕生日おめでとうって言いたくて……プレゼント渡したくて……部活サボっちゃった」 はにかむように微苦笑を浮かべて、るりはバッグの中から出した15センチ四方の薄い包みを差し出した。 それはCDショップなどでプレゼント用の包装に用いられるカラフルな紙袋で、表に「FOR YOU」と書かれた銀色のシールでリボンが貼られている。 予感めいたものを胸に抱いて、 「開けて良いか?」と尋ねた。 「えっ、ここでですか?」 待って、と止めようとする彼女の手から届かない高さまで持ち上げて開封したら、思っていた通りのものだった。 以前から欲しいと思っていて、でも何となくタイミングを逸して買いそびれていたホラー映画のサントラCDだ。 「すっげー、ドンピシャだ」 こみあげてくる嬉しさに微かに声が上擦った。 たぶん前に一緒に買い物に行ったときにCDショップに立ち寄って、このCDのことを話したから、それを覚えていてくれたんだろう。 るりがどれほど自分を気に掛けてくれていたか、このプレゼントからも伝わってくる。 こないだのコーヒーにしてもそうだ。 たとえそれが親しい先輩に対する友情のようなものだとしても構わない。 真咲は笑顔を深くして、愛しい少女の頭を撫でた。 手に触れた髪は思っていたよりずっと冷たくて、るりがどれくらいの時間ここでこうしていたのかを教えてくれた。 全然気のない相手にこんな真似はするまい……なんて自惚れるのはおこがましいだろうか。 「るり、こないだの約束覚えてるか?」 唐突に切り出したら、彼女はきょとんっ、と目を丸くしてふるふると首を振った。 「何か奢ってやるって言ったろ。あれ、今日どうだ?」 「えっ、だって今日先輩の誕生日なのに……」 「だからだよ。男一人でケーキ屋なんて恥ずかしいだろ。アナスタシア、付き合えよ」 誕生日の今日ならばちょっとくらい強引でも許されるだろう。 促すように肩を抱いた彼の眼前で、るりはほんの少しだけ迷うような素振りを見せたが、すぐにふんわりと微笑んで頷いた。 「そういうことならお付き合いします。でも、今日はワリカンで。次の機会にはちゃんと奢って下さいね」 頬を微かに染めて、茶目っ気たっぷりな口調で言われて、小躍りしたいような気分になった。 もらったCDはもちろん嬉しかったが、次の機会を約束してくれたこの言葉ももの凄く嬉しい。 もしかしたらこれは神様からのプレゼントなのかもしれない。 気の利く恋の女神に感謝したい気持ちで、真咲は彼女と連れ立って、アナスタシアへと足を向けた。 この日の水瓶座の恋愛運は10点満点。 「親しい人との仲が発展しそうな日」というその占いは、真咲にとってまさにドンピシャと言えた。 |
なばり主催の真咲×主人公同盟で開催していた真咲先輩誕生日企画に投稿した作品です。 以下、コメントは投稿時のまま転載しております(編集:なばり) ※後日、改めて本人より別途コメントを掲載するかもしれません。 真咲先輩、お誕生日おめでとうございます! デイジーと幸せなひとときを過ごしてください。 そんな気持ちで書き上げました。 最初はゲームに忠実に店頭で渡すシチュエーションで考えていたのですが 予定外に有沢さんがお節介を焼いてくれました。 (きっと傍で見ている彼女が一番、二人の進展の遅さに焦れったい思いをしていると思います) まぁせっかくの誕生日ですのでこういうのもありかと! |