あわい、いのり

Presented by なばり みずき


「しっかし、さっきのガキ……千鶴っていったか、ありゃあ随分と肝の据わった奴だったな」
「そうか?」
 左之助が言うと新八は意外そうに眉を上げた。
 そんなに驚くようなことを言ったつもりはないが、解らないのであれば説明してやるまでだ。
「考えてもみろよ。年端もいかねえ小娘が、いくら父親を探すためとはいえ男の姿に身をやつして単身京まで旅して来たんだぜ? おまけに命を取られるかもしれねえってあの場面で、泣きわめくでもなく覚悟を決めるなんざ、なかなか出来るもんでもねえだろ」
「そりゃまあ、確かにな」
 怖くなかったというわけはないだろう。実際、千鶴は蒼白な顔で身を震わせていた。しかしそれでも、みっともなく取り乱すこともなく、口惜しい様子でありながらも我が身に降り掛かった現実を受け入れようとしていたのだ。
 大の男でさえ、新選組の幹部にあんな風に囲まれたら泣いて命乞いする者も少なくないというのに、実に大したものである。
 つまみの漬け物を齧りながら、自分をまっすぐ見つめ返してきた意志の強い瞳を眼裏に思い描く。
 あれは、何かを守ろうとする者の眼差しだった。
 恐らく新選組の悪評を鵜呑みにした彼女は、事情を話すことで父親や知人に類を及ぶのを避けようとしたのだろう。そうして一瞬の内に覚悟を決めたに違いない。
 結局、左之助が性別を言い当てたことでなし崩しに事情を話す流れになってしまったが、それがなければ男子と思わせたまま花の命を散らすつもりだったことは想像に難くない。
 尤も、あの時もし左之助が性別を言い当てなかったとしても、本当に命を取ることになったかどうかは定かではない。鬼と呼ばれる副長は――本人は決して認めたりしないだろうが――存外人情家なのだ。本当に殺すつもりだったならきっと連れ帰ったりせずにその場で斬り捨ててきたはずである。
「ガキでも、一丁前に江戸の女ってことか」
 それまで黙って聞いていた土方が苦笑混じりにぽつりと零し、
「ああ、言えてるな、あの肝の据わり方は確かに江戸の女だ」
 新八が得心したように応じて笑う。
 京女に筑紫女、越後女、加賀女――いい女を指す代名詞は数多い。江戸出身の彼らにとって、『江戸の女』もまた同じような意味を持つということなのだろう。
(つまり、いい女の下地は充分兼ね備えてるってことか……)
 頼りなげな風貌と相反する凛とした眼差しを思い出す。気骨のある女は嫌いじゃない。
「確かに、あれはあと数年もしたら、すこぶるいい女に育つかもしれねえな」
 左之助は我知らず柔らかな笑みを浮かべて独白した。
 あの少女がその数年先まで生き延びられるかどうかはわからない。運が悪ければ、あるいはここから逃げ出そうと画策したりしたならば、自分達は躊躇うことなく刀や槍を振るうことだろう。
 願わくば、そうなることなく、その数年後とやらを迎えることが出来るように――。
 まるで誰かに祈るような心地で、左之助はぬるくなった酒を煽るように飲み干した。








拍手の御礼用掌編としてアップしていたものを再掲しました(初出 2012/12/30)
本編一章の序盤あたりでの左之さんの千鶴ちゃんに対する印象はこんな感じかな〜と。


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