きざす、おもい

Presented by なばり みずき


「左之さんってさ、どんな女が好みなわけ?」
 酒の席、興が乗ってきたあたりで、不意に平助がそんなことを訊いてきた。
 盃を傾けていた手を止めてそちらを見やると、好奇に満ちた眼差しが注がれていて、少しばかり居心地が悪い。
「何だよ、藪から棒に」
「いや、前から聞こうと思ってたんだよ。花街の姐さん達があれだけあからさまに粉かけてきてるのに、左之さん、全然興味なさそうだしさ。こりゃ、よっぽど理想が高いのかなって」
「何だよ、左之、そんじょそこらの(おんな)じゃ満足出来ねえってか!? っかー!! この贅沢者め!!」
 既にいい具合に酔いの回っている新八までもが掴み掛からんばかりの勢いで絡んできて、左之助はげんなりと肩を落とした。
「そんなんじゃねえよ。っていうか、そもそも女の良し悪しは見てくれじゃねえだろ。肝心なのは中身だ、中身」
 手酌で盃に酒を満たしながら言を継ぐ。
 そりゃあ見た目が良いに越したことはないとは思うが、女に――人に本気で惚れる時には容姿なんて二の次になるのが当たり前というものだろう。
「ふうん……性格重視ってわけか」
 話を振ってきた平助が、なるほど左之さんらしいや、と頷きながら相槌を打つ。
「そんじゃさ、左之さんはどんな性格の女だったらいいわけ?」
「何なんだよ、さっきから。俺の好みなんか聞き出してどうする気だ?」
「別にどうもしないって。単なる好奇心だよ」
 からから笑って身を乗り出してくる平助の様子からは他意があるようには見受けられない。だが、色恋に関するあれこれを詮索されるのはあまり気持ちの良いものではなかった。
 もちろん、左之助の中にだって自分の考えるところの『良い女像』というものはある。理想といってしまうと我ながら青臭くてこそばゆいものがあるが、一応そういうものは持ち合わせている。しかし、いくら気の置けない仲間だからといって、それを酒の肴として語って聞かせてやる義理はない。
 とはいうものの、身を乗り出して聞き出す体勢でいるこの酔っ払いにそんな説明をしたところで素直に納得するとも思えない。もったいつけるなの何のと、今以上にしつこく絡まれるのがオチだ。
 適当に茶を濁してやり過ごすか……と思ったところで妙案が浮かんだ。悪戯心と言い換えてもいいかもしれない。
「そうだな……」
 左之助はにやけそうになる口許を手で覆い、さも考え込んでいるような素振りを装った。
「まず、気立ての良さは重要だな」
「ああ、確かに!」
「それから、人の気持ちを思いやれることだな」
「うんうん、そういう奴っていいよな」
 平助は盃を舐めながら、左之助の挙げる条件に頻りに頷いて同意している。どうやらこちらの思惑にはまだ気づいてはいないらしい。
「働き者だったら言うに及ばず、細々したことによく気がついて、いつもにこにこしてるような女だったら言うことなしだ」
「解るけど、なんか、それって……」
 ここで漸く何かを察したのか、平助の顔が僅かに引き攣った。
「おまけに自分のことはさておいて、他人にばっか気を遣って健気に振る舞われたりなんかしたら、守ってやりたくなるってもんだろ?」
 左之助は吹き出しそうになるのを堪えつつ、上機嫌で同意を求めた。
「それは、確かにそうだけど……」
 いつもの調子はどこへやら、平助の口振りはいかにも歯切れが悪い。その様子にますます興が乗ってくる。
「これで料理の腕が良かったりした日にゃすぐにも嫁にもらいてえくらいだぜ」
「……あのさ、左之さん、もしかしてそれって……」
 にんまり笑う左之助の表情から確信を得たのだろう、平助の顔がいよいよ苦味を伴って強張った。
 もう一押しからかってやるかと思ったところへ、
「なんだよ、やけに具体的だな、左之。もしかして、既に目ぇつけてる女でもいるのか?」
 空気を読まないことに掛けては定評のある新八が悪気なくそんなことを言い出して混ぜっ返した。平助は渋いのを通り越して苦虫を噛み潰しでもしたかのような顔をして拳を震わせている。
「さて、どうだろうな」
 左之助はもったいぶるように言いながら酒を注いだ。
 ここら辺が潮時だろう。
 平助は酒の席での諍いを後々まで引き摺るような器の小さい男ではないが、仲間内で余計な揉め事の火種を燻らせるのは左之助としても本意ではない。これ以上からかったら本気で臍を曲げかねないし、もう充分こちらの溜飲も下がった。
「何だよ、気になるじゃねえか。俺達の知ってる娘か? 花街の姉ちゃん達の誰かとか?」
「さあな」
 尚も食い下がる新八を身体全体で躱し、左之助はちらりともう一人の同僚に視線を向けた。
 勢いを殺がれて食って掛かりそびれたものの、未だ何かを燻らせているような平助がじと目でこちらを睨んでいる。これは下手につついたら面倒なことになりそうだ。機嫌が戻るまで触れないでおいた方がいいかもしれない。
 左之助はこの話はもう終わったと言うように、素知らぬフリを決め込んで盃を傾けた。
 平助が千鶴に好意を寄せているのは明白だ。
 だから無用の詮索されたことへの意趣返しのつもりで、敢えて彼女の特徴を思い付くまま挙げていってみたわけなのだが――こうして改めて思い返してみるとなかなかの女っぷりではある。
 気立てが良くて働き者、細々としたことによく気がつき、死と隣り合わせの自分達をいつも笑顔で迎えてくれる少女。
 自分だって七面倒くさい境遇に置かれているというのに、そんな不遇を嘆くでもなく、いつだって他人のことばかり優先して自身のことは後回しだ。
 そんな健気な様子を見せられたら、左之助でなくともあれこれ世話を焼いてやりたいと思うものだろう。実際、あまり他人にあまり干渉するタチではなさそうな斎藤や山崎でさえも、千鶴のことは何かと気に掛けている様子である。それは決して土方からの命令があってのことばかりではあるまい。
 一仕事終えて屯所に戻った時、千鶴の笑顔に迎えられると妙にホッとする。
 それは、左之助が夢に描いていた平穏な生活に置き換えて想像してみても、妙にしっくりくる光景で――
「……悪くねえな」
 我知らず、そんな呟きがぽろりと洩れた。
 千鶴ならば、きっとあともう何年もしたら、男の背負った覚悟や生き様を理解して、それを丸ごと受け止めてくれるような、良い女になるような気がした。今だって充分そういう気質がある。
 何気なく視線を庭先へ転じると、月明かりの下、庭の片隅で小さな白い花が揺れているのが目に留まった。
 名前も知らないその可憐な花は、何となく千鶴を思い起こさせた。
 決して華美ではないけれど、ふとした瞬間、いつも近くで微笑んでいてくれるあの少女に。
 気づけば、ついさっきまであれだけむくれていた平助は、いつのまにやら新八と何やらげらげら笑い転げている。酒の席の機嫌などこんなものだ。
 その様子に緩く笑むと、左之助は空になった盃に手酌で酒を注ぎ足した。
 身を固めるなんてことは、今の自分にはまだ考えられないし、もしも叶うとしてもうんと先の未来の話だろう。
 しかし、その時に自分の隣で微笑っているのが千鶴のような女だったら良い。
 幸せな未来の夢に思いを馳せながら、ぬるくなった酒をひと息に飲み干す。
 その味は、先程までより仄かに甘く感じられた。








※ペーパーより再録(初出 2012/03/18 HARU COMIC CITY 17にて発行)


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