手強い妻のなだめ方

Presented by Suzume


「これは一体どういうことなのか説明してくれるかしら?」
 部屋に戻るなり、眦を吊り上げた千姫が詰め寄ってきた。
 普段からどうにも喧嘩腰の物言いが多い妻ではあったが、こんな風に怒りを顕わにしている姿は珍しい。まるで毛を逆立てた猫のようだ。迂闊に手を出したら引っ掻かれかねない。
 とはいえ無視をするわけにもいかない。そんなことをしたら火に油を注ぐようなものだ。
 それに――と風間は内心で口の端を持ち上げた。
 自分に対してこんな態度を取る女はそう多くはない。それは彼にとって非常に面白いものといえた。
 西の鬼の長である風間は里の中では一目も二目も置かれる存在だ。当然、里にいる女達は皆、彼を畏怖し、あるいは媚びるような態度を取るのが常だった。
 例外は今日の古き鬼の一族であるこの姫と、東の鬼の一族の生き残り雪村千鶴くらいのものだ。いや、千鶴とて彼に対しこんな風に食ってかかってくるようなことはなかった。そういう意味では千姫はやはり格が違うと言っていいだろう。
 風間にとって自分に傅かない女というのは非常に珍しい存在といえた。
 もちろん彼とてそんな態度を誰彼構わず許すつもりはない。
 優れた血統を持つ希少な女鬼だからこそ数々の非礼に目を瞑ってやってきたのだ。
 まして千姫は彼が自分の妻とした女だ。愛妻の些細な我が儘を寛容に――あくまでそれは風間の中での基準であって、彼女が聞いたら「その態度のどこが寛容なわけ!?」と噛みつくこと請け合いだったが――受け入れるのもまた一興というものだ。
「さて、わが奥方殿は何をそんなにご立腹なのやら……」
 面白がっているのを隠しもせず言えば、千姫はますます怒りで顔を朱に染めながら、無造作に紙の束を突きつけてきた。
「これは一体どういうことなのか、納得のいく説明をしてちょうだい」
 感情を無理矢理抑えつけているような声でそう言って唇を引き結ぶ。
 彼は何がここまで彼女の感情を昂ぶらせているのか興味を引かれつつ、紙束を受け取ってぱらぱらと捲ってみた。
「……春画だな」
 何ということのない、男と女がまぐわっている絵ばかりだった。
 感想もなく事実のみを告げた風間に、眼前の少女は射るような眼差しを向けて、
「あんたの部屋にあったんだけど」と研ぎ澄まされた刃のような鋭い声音で告げてきた。
「ほぅ……」
 思わず返ずる声音に興の色が乗った。
 それは別に千姫の反応を面白がってのことではない。
 自分を――頭領であるこの風間千景を陥れようとしている輩の存在が、彼の残忍な嗜虐心に火を点けたためだ。
 風間は当然ながらこのような春画になど興味はない。
 薩摩への恩義を返し終え、人の世とは完全に隔絶された鬼の里であっても、風間家の当主である彼が望めば女などいくらでも好きにすることができる。
 妻である千姫は従順とは確かに程遠い性格だったが、だからといって閨を共にすることを拒んだりすることはなかったし、相性も決して悪くない。彼自身、夫婦関係については充分満足していると言えた。
 あるいは仮に風間が妻に対して不満を持っていたとしても、この里にも女はいるのだ。より良い血統の子を宿すには適さずとも、情欲を満足させるだけというのであれば鬼の血が薄かろうが不自由はない。
 もちろん風間は風間なりにこの可愛げのない妻のことを愛しているし、大事にしているつもりでもある。無闇に他の女と通じるつもりなど毛頭ない。
 そういった事情から鑑みても、彼には春画など用を為さない代物なのだ。
 にも拘わらず、あるはずのないそんな物が自分の部屋に、しかも千姫の目に着くような場所に置かれていたというのだから、これは何者かが二人の仲に亀裂を生じさせようと謀ったのは間違いない。
 一体誰が何の目的でこのような茶番を仕掛けてきたのかは知るところではないが、この風間千景に牙を剥くような真似をしたのだ。ただで済ませるつもりはない。
 家老職を勤める天霧に命じて、徹底的に洗い出し、目に物見せてくれよう。
 そんなことを頭の片隅で考えながらほくそ笑んでいたら、千姫が堪えかねたように文机をばんっ、と叩いた。
「西の鬼の頭領ともあろう男がこんなものを隠し持ってるだなんて、恥ずかしいと思わないわけ!?」
 怒り心頭といった表情で詰め寄る彼女は神々しささえ伴って実に美しかった。
 そしてその強い感情が全て自分に向けられているというのもまた楽しい。
「くくっ」
 思わず笑いを漏らした彼に、千姫がすかさず眉を跳ね上げた。
「ちょっと、何がおかしいのよ!?」
「いや、お前も存外可愛いところがあるものだと思ってな」
 くつくつと笑いながら言えば、意地っ張りな妻は怒りと訝しさが半々になったような表情を浮かべて、
「はぁ!? 何ねぼけたこと言ってるのよ?」と口にした。
 そしてその問いこそ風間の思う通りの返答だった。
「そのように怒るということは、つまり俺が他の女に現を抜かしたと思って嫉妬したということだろう?」
「どうやったらそんな解釈ができるのよ! あんた、頭おかしいんじゃないの!?」
「嫉妬でないというなら、何をそんなに怒っているのだ?」
 畳みかけるように聞けば、案の定、彼女はぐっと喉を鳴らして言葉を詰まらせた。
「そ、それは……一応、私という妻がありながら、こんなものを隠し持っていること自体に腹を立てているのよ! 嫉妬とかじゃなくて!」
 剥きになって噛みついた彼女だったが、そのすぐ後に聞こえるか聞こえないかという音量で、
「……これじゃ、まるで私が満足させてないみたいじゃない」などと、可愛らしいことを呟いた。
 強情な千姫の性格から、通常では決して聞くことのできない台詞だ。
 実際そういう方向に話を持っていくつもりではあったが、まさか彼女の方からこんな風に口を滑らしてくれるとは思ってもみなかった。
「聞こえたぞ」
 風間は愛しい妻の頤に指をかけ、にんまり笑ってそう告げた。
「っ……!!」
 途端に千姫の頬が朱に染まった。それか明らかに怒りのためではなく羞恥によるものだった。その些細な差異を的確に見分けられる程度には情を交わしている。
「そうだな、そんな春画などには興味もないし身に覚えもないが、今日のところはそういうことにしておいてやろう」
「な、何がよ!?」
 勿体ぶって言えば、負けん気の強い千姫はまんまと食いついてきた。
「つまり、お前が満足させてくれぬゆえ、斯様なものに現を抜かした、とな」
「なっ……」
「さて、それでは……」
 風間は可愛い妻の耳元へ唇を寄せ、甘やかに囁いた。
「千、妻としての矜持をかけて、せいぜい俺を満足させて貰おうか」
 二人きりのときにしか口にしないその名で呼んで、悔しそうに歪んだ表情を見つめる。
 本気で嫌だと思うなら突き飛ばしてでも蹴り倒してでも逃げればいい。
 もちろん彼女が決してそんなことをしないことなどはこちらも重々承知の上だ。
 千姫は心底から口惜しそうに唇を噛み締めたものの、やがて観念したかのように小さく嘆息して、それから性格の悪い夫の首筋に腕を回した。
「わかったわ。この私の矜持にかけて、あんたがよそになんか目を向けられないようにしてあげる。覚悟なさい、千景」
 宣戦布告のようにそう言うや、彼女は噛みつくように唇を重ねてきた。
 自分以外の男を知らぬ千姫が一体どのように満足させてくれるというのか――風間はいつになく昂揚した気分で、ぎちなさの残る舌技を受け入れた。
「今宵は楽しい夜になりそうだ」
 胸の内でそう呟いた彼は、慣れた手つきで愛しい妻の着物を肌蹴させ、その雪白の肌に指を滑らせた。








ついったで桃瀬さんが試した診断メーカー「ケンカップルったー」で
  “風間と千姫はAVを隠していたのがバレ喧嘩になり最終的に丸め込んで、
   雪崩れ込むようにえっちに突入します”
って結果が出たと仰有ってたのでそれを元にして書いた風間×千姫です。
きっと仕込んだ輩は後日血祭りに上げられてると思う。風間さんだし。

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