甘い罠

Presented by なばり みずき
illustration by 桃瀬玲 & 大槻みつ様



「望美さん」
「はい……きゃっ」
 呼ばれて顔を上げたら、そのまま額にキスされて、望美は思わず目を白黒させた。
「な、何するんですか、急に!?」
 ドキドキする胸を押さえて訊く。
 きっと今、自分は相当赤い顔をしていることだろう。
 上目遣いで見上げると、彼は悪戯が成功した子供のように瞳を輝かせて微笑んでいた。
「君があんまり可愛いから、つい口づけてしまったのですが……迷惑でしたか?」
 ずるい。
 そんな顔されたら、怒るに怒れないじゃない。
 怒る気なんて本当は全然ないくせに、望美は眉を八の時にしてため息を洩らした。
「なんか、そういうこと言うのってヒノエくんみたいですよね」
 せめてもの反撃とばかりに言った彼女に弁慶が吐息だけで微笑う。しかし、その瞳は微かに翳っていて、どことなく沈鬱だ。
「心外ですね」
 弁慶の口から洩れたのは思いもかけなかった言葉で、望美は反射的に身を強張らせた。
 ほんの冗談のつもりだったのだけれど、もしかしたら気を悪くさせてしまったのかもしれない。
 恐る恐る顔を上げて、彼の顔色を窺う。
 けれど彼はいつものように微笑んでいて、その胸の内を窺い知ることは出来なかった。
「弁慶さん……あの……」
「大体、似ているのだとしたらヒノエの方でしょう」
「え?」
「君の言い方だと、僕がヒノエを真似ているみたいじゃないですか」
 にっこりと――全く悪びれた様子もなく微笑まれて、望美は顔をくしゃくしゃにして拳を振り上げた。
「馬鹿! どうしてそう……ひとのことからかってばっかり……!」
「からかってなどいませんよ」
 あっさりと手首を掴んで防御した弁慶は、彼女を腕の中に抱き込んでそう言った。
 くすくす笑いながらだから説得力などまるでない。
 本気で心配してしまった自分が口惜しくて、けれど傷つけてしまったわけではなかったのだと知って安堵して。
 本当に自分は彼に振り回されてばかりだ。
 望美は弁慶の腕の中で唇を噛み締めた。
「からかってなどいません。君があんまり可愛いから、つい茶化してしまっただけです」
「弁慶さん……?」
「君の口から他の男の名前が出て、それが少し悔しかったんですよ。でも、それをあっさり口に出来るほど僕は素直じゃないんです」
 そう言って、彼は再び望美の額に口づけた。
「もう……そんな風に言われたら、何も言えなくなっちゃうじゃないですか」
「じゃあ、何も言わないで」
 僕以外の男の名前など口にしないで。
 囁かれた甘い言葉に、望美は顔を綻ばせた。
 そんな些細なやきもちが、自分をどれほど嬉しい気持ちにさせるか、彼は知っているのだろうか?
 きっと知っているに違いない。
 だって彼は策士だから。
 そして望美は、そんな子供だましの策略ごと、彼を愛しているのだ。
(でも、悔しいからそれは教えてあげない……)

 どちらが恋の勝者になるか、それは龍神様だって解らない。
 だって、二人の恋の駆け引きは、まだ始まったばかりだから――。








絵チャット企画第2弾。
リズ×望美の『雨宿り』同様、Suna 芥の大槻さんと、当サイトの準メンバー・桃瀬ちゃんの3人で
絵チャットをしながら書いたお話です。
イラストは弁慶が桃瀬ちゃんで、望美が大槻さんです。
ちょっと離席した間にデコチューの輪郭が出来上がっててかなり萌え萌えしながら書きました(笑)
絵に比例して、リズ×望美より甘めな話になりましたね。
そのままだとさすがに収まりが悪かったので、チャット後に加筆修正しました。

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