風鈴

Presented by なばり みずき


 ガラスの風鈴を買ってきて、カーテンレールに括り付けた。
 窓を開けて、風が吹くのを頬杖をしながら待つ。
(そういえば、子供の頃にも同じようなことをしてたっけ……)
 望美は懐かしく振り返って密やかに微笑んだ。
 まだ小学校に上がって間もない頃だったと思う。
 将臣や譲と風鈴を買ってきて、こうやって軒下に飾って風が吹くのを待ったのだ。しかし、そういう時に限ってなかなか風は吹いてくれなくて――やっと吹いたと思っても、風鈴を鳴らすには少しばかり勢いが足りなくて、やがてやがて待ちくたびれてしまったのだ。
 待ちくたびれたといっても、そんなに長い時間ではなかった。子供というのは堪え性がないものと相場が決まっているが、かつての自分もそうだったというだけの話である。
「あの時は、どうしたんだっけ……」
 思わず独りごちたら、
「どうした?」
 不意に声を掛けられて飛び上がりそうなくらい驚いた。
「九郎さん!? いつからいたんですか?」
「今きたところだ。ちゃんとノックもしたんだがな」
 どうやら考えに耽っていて気づかなかったらしい。
 望美の母親に「部屋にいるから」と通された彼は、何度かノックしても返事がないので訝しんでドアを開けたらしい。ちょうどそのタイミングで望美が呟きを洩らしたというわけだ。
「また夏休みの宿題とやらを放り出して寝こけているのかと思ってな」
 からかうように言われて頬が赤くなる。
 数日前、ついうっかりうたた寝をしているのを目撃されてしまったばかりだから反論も出来ない。
「あの時はたまたま……」
「たまたま? 将臣はしょっちゅうだと言っていたが」
「〜〜〜っ、たまたまはたまたまなんです! 九郎さん、将臣くんと私の言葉、どっちを信じるんですか?」
「こういうことに掛けては将臣の言の方が信憑性があるというものだろう」
 確かにそれはその通りだ。悔しいけれど、それは望美も否定しない。というか、否定出来ない。
 とは言うものの、間髪入れずに答えられては面白くないのもまた事実で、ふて腐れた子供のように唇を噛み締める。
「そんな顔をするなよ」
 悪びれることなくからからと笑った恋人は、望美の脇に手を着いて「で?」と促した。
「で……って何が?」
「物思いに耽っていたようだが、何かあったのか?」
 和やかな眼差しで問われて、望美は「ああ」と呟いた。
「さっき風鈴を買ってきたんです」
 望美はつい先ほど吊したばかりの風鈴を指し示した。
 九郎達の世界――あるいは時代に風鈴があったのか、そしてその用途が今の時代と同じようなものであったのかは知らない。だが、現代に於ける風鈴がどんなものかは、九郎が居候している有川家にもいくつか飾られているから説明する必要はないだろう。
 彼は短冊の部分を手で持つと、それを軽く揺すって音を鳴らした。
「高く澄んでいて涼しげな音がするものだな」
「そうやって鳴らしたら風情も何もないじゃないですか」
 呆れて言ってから、思い出した。
 そうだ、あの時は確か、痺れを切らした自分が団扇で扇いで風を起こしたのだ。そして、将臣に今の自分と同じようなセリフで窘められた。同い年なのに、将臣は変なところで大人びていたから。
 懐かしさから思わず笑いが込み上げてくる。
 それを見て取った九郎は、馬鹿にされているとでも思ったのか、不愉快そうに眉根を寄せた。
「なんだ、笑うことはないだろう」
「ううん、九郎さんのことを笑ったんじゃなくて……子供の頃のことを思い出して、ちょっとおかしくなって」
 望美は笑いながら、思い出したばかりの風鈴に纏わる思い出を手短に話して聞かせた。
 聞き終えた九郎は至極複雑そうな表情で小さく唸り声を発している。
「どうかしました?」
「いや、自分が子供の頃のおまえと同じ水準なのかと思ったら……」
 それは確かに複雑な心境かもしれない。
 望美は咄嗟にフォローの言葉を探したが、つい今し方からかわれたばかりだったのを思い出して、
「良いんじゃないですか、それだけ無垢だってことで」
 しれっとしてそう告げるに留めた。
 ちらりと盗み見た九郎の顔がふて腐れた子供のようなものになっているのを見て、内心でしてやったりとほくそ笑む。
 そんな彼女の心中を察したかのように、彼は吐息を一つ洩らすと、瞬く間に望美を抱き寄せてその身体を自分の腕の中へと閉じこめてしまった。
「九郎さん!?」
「惚れた女を前にして無垢でいられる男などいるものか」
 意地悪く目を眇めながらそう言った九郎は何とも言えず魅力的で、思わず状況も忘れて見惚れてしまった。
 その隙に乾いた口唇が自分のそれに押し当てられる。
 階下には親もいるのにと思うと望美の身体に緊張が走ったが、すぐにそんなのはどうでも良くなってしまった。
 母親は気を利かせて上がってくるようなことはないだろうし、平日の昼間だから父親もいない。
 心配なことといえば家族同然に出入りしている幼馴染み達の来訪くらいだが、彼らは揃って出掛けている。
 だから、キスくらいなら構わない。
 開けたままだった窓から待ち望んでいた風が入ってきて、風鈴を鳴らす。
 その涼やかな音をBGMに、望美は目を閉じて九郎の口づけへと身を任せた。








ずいぶん前に桃瀬ちゃんと交わした「九郎×望美を書く」という課題をようやっとクリアしました。
九郎さんは好きなんだけど、書くとなると結構難しいです。
勢い任せのやっつけ仕事なブツで恐縮ですが、これで勘弁してもらおう…。
場合によっては後日若干の加筆修正を行うかもです。

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