星に願いを

Presented by なばり みずき


 星が一つ流れたのを見て、望美は素早く手を合わせた。
 流星が白い尾を描いて消えるまでの短い時間に、急いで三回願い事を唱える。
 空を見上げた時からずっと心の中で繰り返していたから、淀みなく唱えることが出来た。
「そんなに真剣な顔で手を合わせて、一体どうしたんですか?」
 傍らの弁慶から相好を崩して訊ねられ、望美は我知らず相当力んでしまっていたことに気づいて苦笑した。
「ちょっと、流れ星にお願い事を……」
「星が落ちるのは凶兆だとも言いますが、望美さんの住んでいた世界では違うようですね」
 彼は柔らかな笑みでそう言うと、自らもゆっくりと空を見上げた。
「凶兆……なんですか? 私達の世界では、流れ星が消えるまでに望みを三回唱えると、その願いが叶うって言われてるんですよ」
 根拠のない迷信ですけどね、と付け加えて、望美は再び夜空に目をやった。
 瞬く星々は、まるで宝石箱をひっくり返したかのようで、いくら見ていても見飽きるということはない。
 街灯などの余計な光に邪魔されないことに加え、空気が澄んでいるためだろう。この世界には排気ガスなんてものはないのだから。
「それで、望美さんは一体何を願ったんですか? とても真剣にお願いしていたようですが」
 きっと訊かれるだろうとは思っていた。しかし答えるつもりはなかったから、
「秘密です」
 微笑みと共に、用意していた答えを密やかに口へと上らせる。
「僕には言えないような望みなんですか?」
 予想通りの切り返しだ。だから望美はここでも狼狽えることなく、
「こういう願い事は、他人に話すと効力がなくなっちゃうんですよ。だから、たとええ弁慶さんでも教えられません」
 にっこり微笑って言を継ぐ。
 いかな弁慶でも、こう言えばこれ以上は追及できないだろう。
 ちらりと視線を向けると、彼はどこか人の悪い笑みを浮かべてこちらににじり寄ってきた。
 この笑顔は危険だ。
 そう思った望美だったが、身構える間もなく抱き寄せられ、
「僕は君にとってただの他人なんですか?」
と、痺れを伴うくらい甘く囁かれた。
「少なくとも、僕は君を他人だと思ってはいないのですけれどね」
 しまった。どうやら言葉を選び間違えてしまったらしい。
 あそこは『他人』ではなく『誰か』と言うべきだったのだ。
 微かな失言に気づいて目を泳がせた望美に、
「それとも君にとって、僕は取るに足らない他人ということですか? 願い事を教えるにも値しない存在だと?」
 弁慶が傷ついたように軽く目を伏せて畳みかけるように言う。
 これは、絶対に、わざとだ。
 本当はこれっぽっちも傷付いてなんかいないくせに、こういう表情をすれば望美が罪悪感を抱くだろうことまで承知の上でやっているのだから実にタチが悪い。
 それなのに、そこまで解っていても、やっぱり申し訳なく思う気持ちは胸に宿り、チクチクと望美の良心を苛んでいく。
 何か巧く言い逃れる術がないものかと思っていると、くぐもった笑い声が降ってきた。
「そんな困った顔をしないで下さい。まるで僕が苛めているみたいじゃないですか」
「……似たようなものじゃないですか」
 悔し紛れに唇を尖らせたら、弁慶はますますおかしそうに肩を揺らした。
 子供扱いされているようで面白くなかったが、ここで反論などしようものなら蒸し返されるのが関の山である。
「わかりました、降参です。これ以上は無理に訊いたりしませんよ。君が意地を張ったら梃子でも動かない人だというのは解っていますからね。無理強いなんてしたら、それこそ三日くらい口を利いてもらえなくなりそうだ」
 からかうような口調がこの上なく腹立たしい。
 本当に、どうして自分はこんなに性格の悪い人を好きになってしまったのだろう。
(それでも「ずっと一緒にいられますように」って思っちゃうくらい好きなのよね……)
 望美は内心でこっそり嘆息すると、拗ねたようにそっぽを向いた。

 もしかすると、願い事を聞き届けた神様は、彼女の天の邪鬼ぶりに苦笑を浮かべていたかもしれない。








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