祝い文 Presented by なばり みずき
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その日、夕食を終えた望美は九郎に呼び出されて庭へ出た。 最初は稽古でもつけてくれるのだろうかと思ったのだが、どうも様子がおかしい。 何かを言い出しかねているような雰囲気なのである。 暫く二人で庭を歩き、こぢんまりした池の前で立ち止まる。 どうやらここが終着点らしい。 「九郎さん、何かお話でもあるんですか?」 痺れを切らして単刀直入に訊ねた彼女に、 「望美、受け取れ」 九郎はそう言うと、徐に懐から折り畳まれた綺麗な紙を取り出してこちらに差し出した。そこには何やら文字が綴られていた。 反射的に受け取った望美だったが、そこに書かれている文字はあまりにも達筆すぎて、何度読み返してみても解読が出来ない。思わず眉間に皺が寄ってしまう。 文か何かだろうというのは推測できるものの、その文面までは解らない。 なんて書いてあるのだろう? ここでそれを訊いたら九郎は気を悪くするだろうか。 けれど、何が書いてあるのか解らなければコメントのしようがないのもまた事実だ。彼が時折こちらを窺うように視線を投げて寄越していることから、それを求めているのは明白である。 どうしたものかと考えあぐねていると、 「今日はお前の生まれた日なのだろう?」 九郎が落ち着かなげな様子で口を開いた。 「え?」 「将臣から、お前達の元いた世界では生まれた日を祝う風習があるのだと聞いたんだが。親しい間柄の者が『ばあすでえかあど』という祝い文を贈ったりするのだと……違うのか?」 九郎が微かに頬を染めて、早口に言う。自信がないのを誤魔化すためか、その口調は少しばかり言い訳がましい。 バースデーカードなんて、日本では誕生日プレゼントに添えるくらいにしか使わないだろうに、よくもまあぬけぬけとそんなことを言ったものだ。 恐らく将臣は、望美の淡い恋心を察した上で、気を利かせてくれたのだろう。 あるいは九郎にこんな入れ知恵をしたことこそが誕生日プレゼントのつもりなのかもしれない。律儀な彼は将臣の思惑通りバースデーカードを贈ってくれたのだから。 幼馴染みの計らいに苦笑して、望美は受け取った祝い文を抱き締めた。 「ありがとうございます。九郎さんにお祝いして貰えるなんて思ってなかったから、凄く嬉しいです」 「れ、礼には及ばない。兄弟子として当然のことをしたまでだ!」 にっこり微笑って礼を言うと、彼は慌てたように視線を逸らしながら捲し立てた。 自分より五つも年上の男性を捕まえてこんなことを思うのは不謹慎かもしれないけれど、照れたように顔を赤らめている九郎はなんだかとても可愛くて、望美は思わず悪戯心を刺激されてしまう。 「兄弟子として、だけなんですか?」 じぃっと上目遣いで見つめながら拗ねたように訊くと、彼はますます慌てた様子で顔の前で手を振った。 「そ、そうじゃない! おまえにはいつも色々と助けられているし、感謝の気持ちを込めてだな……」 「感謝だけ?」 「いや、それだけじゃなく、大事な仲間として……その……おまえがこの世に生まれてきてくれたことを嬉しく思って……おまえに、喜んでほしいと思ったんだ」 顔を真っ赤に染め、しどろもどろになりながら言を継ぐ。 その言葉はとても真摯で、望美はからかうような真似をしてしまったことをすっかり後悔してしまった。 けれど、そうでもしなければ、こんな嬉しい言葉を聞くことは出来なかっただろう。 「……ありがとう、九郎さん」 コツンと彼の肩口に額を預けて、囁くようにもう一度お礼を言った。 「私も生まれてきて良かった。この世に生まれてきて、白龍に神子として選んで貰って、こうして時空を超えて――九郎さんと出逢えて良かった」 「望美……」 ぎこちなく、九郎の手が望美の頭を撫でる。 そんな些細なことがたまらなく嬉しい。 神様、もう暫くだけこの幸せな時間に浸らせて下さい。 明日になったらまた『源氏の神子』として頑張るから――だから……。 彼女のささやかな願いに頷くかのように、二人の頭上では一番星が瞬いていた。 それはもしかすると、頑張っている望美への、神様からの誕生日プレゼントだったのかもしれない。 |
ウチ(爽甘美茶)の看板娘・桃瀬ちゃんのお誕生日祝いに…と、やっつけ仕事で書き上げました(苦笑) ありがちなネタって感じですが、そこら辺は大目にみてやって下さい。 そして短時間で捻出して書き上げた代物なので、出来が粗いのも重ねてご容赦下さいませ〜(汗) (初出:2005/10/26 加筆修正:2005/11/02) |