彼女の決意

Presented by Suzume

「今日はこの辺りで野宿にするか」
 将臣が言うのに頷いて、皆はそれぞれ準備に取りかかった。
「野宿も慣れれば楽しいものだね」
 望美はそう言って笑って、いつものように薪になりそうな小枝の類を集めるために近くの林に分け入っていく。鼻歌など口ずさんでいて実に楽しげだ。
 戦の時と違って少人数だし、気心の知れた人達ばかりでの移動だから尚のことそう思うのかもしれない。
 リズヴァーンも他のもの同様、薪を集めるために林へと足を踏み入れた。
「神子、あまり奥の方へ入っては危険だ」
 どんどん奥の方へと進んでいく望美をリズヴァーンが静かな声で諫めたが、彼女は小枝を探すのに夢中で師の声は全く聞こえていないようだった。
 見通しが悪くない林とはいえ、奥の方へ行けば獣が獲物を待ちかまえているかもしれない。
 軽やかな足取りで進んでいく後ろ姿に、リズヴァーンはやれやれと苦笑して愛弟子の後を追った。
 生い茂った木々の合間から長い髪が見え隠れしている。
 リズヴァーンはできるだけ見失うことのないように足早に追っていたが、不意に彼女の姿が見えなくなった。
「神子!」
 少しばかり声を張り上げて呼ぶと、
「先生……」とすぐ近くから声がした。
 しゃがみ込んでいて見えなくなっていただけらしい。
 愛しい少女の姿を自分の目で確認して、リズヴァーンはホッとしたように目元を和ませた。
「神子、あまり奥へ入っては危険だ。皆も心配する」
 諭すように言ったリズヴァーンを、望美は今にも泣き出しそうな顔で振り仰いだ。
「先生、この子、怪我してるんです」
 その言葉に目をやると、彼女の足元に傷ついたイタチの姿があった。
 近くに棲む獣同士の諍いで負傷したのか、あるいは人の手による罠にかけられたのかは定かではないが、怪我の程度はお世辞にも良いとは言えない。
 優しい望美が心を痛めるには充分すぎる光景だった。
「助けてあげられないかな」
 そう言って彼女が差し伸べようとした手を、リズヴァーンの手が押し止めた。
「先生?」
「この傷では助かるまい。それに人のための薬が獣に効くとも限らない」
 我ながら残酷なことを言っているという自覚はあった。
 きっと彼女はそんな自分を冷たい人間だと思うことだろう。
 しかし獣には獣の理があり、人が無闇やたらと介入していいものではない。
 運命を変えようと藻掻いている自分が言うのもおこがましい気がするが、だからこそ、助けようとしても助けられない無力感を彼女にまで味わわせたくなかった。
 望美は唇を噛み締めて怪我を負ったイタチを眺めていたが、やがて力なく項垂れて立ち上がった。
「神子、お前が気に病むことではない。しかし助けられなかったことを悔やむのであれば、それを止めた私を恨むといい」
 そうすれば、この心優しい少女が己の無力に苦しむことはないだろう。
 リズヴァーンの言葉に、望美はふるふると首を振った。
「ううん、先生のことを恨んだりなんかしません。それは仕方のないことなんだと思うから」
 彼女はそう言って切なげに微笑んで、それから感傷を振り払うように顔を上げた。
「自分が関わった全ての人達の運命を変えてたら切りがないもの。私は、私にできることをするだけです」
「……迷いのない、いい目をしているな」
「はい。迷うのは、やれることをやり尽くしてからにしようと思ってますから」
 強い煌めきを宿した瞳ではっきりと言いきる。
 そうやって、彼女はどんどん強くなり、どんどん綺麗になっていく。
 胸に込み上げた愛おしさに、リズヴァーンは彼女を抱き締めたい衝動に駆られた。
 激情のように沸き上がった気持ちを宥めるため、彼は目を閉じてゆっくり深呼吸をした。
 リズヴァーンが抱き締めたら、きっと望美はその腕に身を任せてくれることだろう。
 彼女が自分に敬慕の念を抱いてくれていることはリズヴァーンにだって解っている。
 けれど、彼が今するべきことは、感情に流されて彼女の道を定めてしまうことではない。
「先生?」
 訝しげな声で我に返ったリズヴァーンは愛弟子の頭を優しく撫でて、
「何でもない」と頭を振った。
 もう一度足元に目をやると、イタチはいつのまにか息絶えていた。
 もし望美があのまま仲間たちの元へと連れていったとしても、どちらにせよ保たなかっただろう。
「助けてあげられなくてごめんね」
 彼女はそう言って小さな骸に手を合わせた。
 泣き出してしまうのではないかと思ったが、望美は気丈にも唇を噛み締めただけで哀しみをやり過ごしたようだった。
 本当に強くなったなと思いながら、どこか寂しい気がするのはなぜだろう。
「先生」
「何だ?」
「この子は助けられなかったけど……先生のことは助けてみせるから」
 決意に満ちた目でそう告げて、望美は鮮やかに微笑んだ。
 痛みさえも糧にして強くなっていく目の前の少女は、彼が幼い時に見たあの女性そのままで――。
「私のことは良い。自分が生き残る道を辿りなさい」
 幾たびも自分の腕の中で冷たくなっていく少女の亡骸を思い出して、リズヴァーンは絞り出すように言った。
 望美はそんな師の思いを知ってか知らずか、切なげな微笑みを浮かべて彼の手を取った。
「遅くなったらみんなが心配しますよね。適当な小枝を集めて帰りましょう」
 この運命がどこへ繋がっていくのかはリズヴァーンにも解らない。
 けれど、どうか……その運命の先で、彼女が笑って生き長らえますように。
 そう願わずにはいられない。

 運命の分岐点は、もうすぐそこまで迫っていた。








熊野路で望美たちの元からいなくなってしまうより少し前のリズ先生です。
リズ先生は、ゲーム中の時期で書こうと思うと、どうしても切なめになりますね。
前に書いたのより糖度が少なくなってしまいました。反省。
でもリズ先生はとてもストイックなイメージがあるし、だから甘くしにくいです。
次こそは甘々なリズ×望美が書きたいです(ほろり)

Go Back