九郎さんの受難

Presented by なばり みずき


 目に毒だ……。
 九郎は深々とため息をつきながら頭を振った。
 誰も異論を唱えないところをみると、きっとそれが気になって仕方ないのはひとえに己の修練不足ゆえなのだろう。
「九郎、戦いに集中しなさい」
 九郎めがけて襲い来る怨霊の攻撃を、リズヴァーンがすんでの所で食い止めて言った。
「す、すみません、先生!」
 彼は慌てて目の前の敵を睨み据えると、姿勢を正して剣を構え直す。
 そうだ、今は戦いに集中しなくてはならない。
 だというのに、ふと気がつけば視線は吸い寄せられるように下方へと向いてしまう。
 望美は剣を振るう度、あるいは攻撃を凌ぐ度に下衣の裾をヒラヒラと翻らせて、白い脚を惜しげもなく晒している。それが九郎の集中力を散漫にさせていた。
(せめて朔殿のように着物で戦ってくれれば良いものを……)
 九郎は意識して怨霊に視線を固定して自らも剣を振るった。
 雑魚とはいえ数が多い。気を抜いていては先ほどのように仲間の足を引っ張ることになる。
「先生、力を貸して!」
 彼の一歩前方で戦っていた望美がリズヴァーンの方へと声を張り上げた。
 確かにこの状況ならば何某かの術を使った方が手っ取り早い。
 二人は寄り添うようにして黒洞閃影を放ち、怨霊はその場で討ち果てた。間髪入れずに望美がそれを封印して戦いは呆気なく終わりを告げた。
 九郎などまるで出る幕がないくらい鮮やかな勝利である。
 リズヴァーンに誉められて嬉しそうに微笑んでいる望美を見て、彼は己の未熟さを痛感した。
 望美は華奢な女の身ながら、ひとたび戦場に立てば歴戦の武人を凌ぐほどの剣技に長けた女武者へと変貌を遂げていた。その上きりりとした表情も勇ましく、怨霊にも憶せず立ち向かい封印までしてのけるのだから本当に大したものだと思う。
 彼女は師であるリズヴァーンのもと、驕ることなくたゆまぬ鍛錬を積み重ね、今では兄弟子である九郎と互角に戦えるほどの腕前にまで成長していた。
 いまや源氏にとってなくてはならない存在と言っても過言ではないほどだ。
 それに対して自分はどうだろう。
 戦いの最中、雑念に捕らわれてしまう不甲斐なさだ。
 情けない思いで唇を噛み締めた九郎の肩に、そっと誰かが手をかけた。
 ハッとして我に返る。
 ここはまだ戦場で、九郎は源氏の総大将だ。その自分が皆の前でこんな顔を晒してどうする。
 顔を上げた九郎の目に飛び込んできたのは、心配そうな表情をした望美だった。
「九郎さん、大丈夫?」
「な、何がだ?」
 至近距離で覗き込まれて彼の鼓動は一気に早まった。心なしか顔も熱い気がするし、声も上擦ってしまった気がする。
「だって、なんか、さっきの戦闘の時から様子が変だよ? 心ここにあらずって感じかと思えば、急に難しい顔をして考え込んだり……」
「そ、そんなことはない!」
「そんなことあるよ! もしかして具合悪いの?」
 望美は九郎の動揺など全く気に止めず、ぐいっと彼の襟元を引っ掴むと、更に近くに顔を寄せた。そして、自分の額を九郎の額に押し当てる。
 九郎の方は咄嗟のことに構える余裕もない。
 ただ魚のように口をパクパクさせて、真っ赤になって固まっているだけだ。
「うん、熱はないみたいね」
 望美はそう呟いて九郎を解放した。
「とにかく、総大将がそんな顔してたらみんな心配するでしょ。弁慶さんに薬もらってきてあげるから、少し休んでた方が良いよ」
 望美は尚も硬直から立ち直れない彼に笑顔を向けて、パタパタとみんなの方へ走っていってしまった。
「あーあ、絶好の機会だってのに勿体ないねえ。オレだったら腰を抱き寄せて口づけの一つもしてみせるのに」
 ヒノエがからかうように言ったのも九郎の耳には入っていなかった。
 彼の頭は自分の鼻先を掠めた甘い吐息と、額に触れた温もりでいっぱいだったから。

 源九郎義経、22歳。
 色事に疎い彼の苦悩は、どうやらまだまだ続きそうである。








初書きの遙か3は、なぜか九郎さん。
ファンの方には怒られてしまいそうなヘタレっぷりで申し訳なく……(冷汗)
でも、頭が固くて純情な彼は、動かしやすくて、書いていてとても楽しかったです♪
解りやすいですよね、九郎さんって(笑)
これを書くにあたって、初めて年齢をチェックしたのですが(発売以前にチェックしていたのは既に記憶の彼方)
九郎さんって22歳だったんですねえ。
てっきり18〜19歳くらいかと思ってました。

Go Back