確かな温もり Presented by Suzume
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情事の後、そのまま彼の腕の中でとろとろと眠り込んでしまっていた望美は、不意に響いたくぐもった呻き声で目を覚ました。 「リズ先生……?」 寝ぼけ眼を擦って、手探りでベッドサイドに置いてあるスタンドのスイッチを探す。 仄かな灯りの下、彼女は彼の顔を覗き込んだ。 リズヴァーンは眉間に深い皺を刻んで、苦しげに顔を歪ませていた。 「先生?」 望美は恐る恐るもう一度声をかけた。 しかし彼は一向に目を覚ます様子はなく、唇からは相変わらず低い呻き声が漏れている。 何か悪い夢でも見ているのだろうか。 そう思った望美の耳に、それまでの呻き声とは違う音が聞こえた。 「……こ……」 「え?」 「神子……」 聞き返した望美の声に答えるように、今度ははっきりそう言った。 「先生? 私はここにいますよ」 寝言に答えるのは良くないというけれど、それでも望美は反射的に返事をしていた。 「神子……駄目だ、そちらへ行っては……っ!」 整った容貌を苦渋に染めてリズヴァーンがうわごとのように言った。 彼が辿ってきた運命の輪は、これほど強靱な心を持つ人に悪夢を見せるほど凄惨なものだったというのだろうか。 そう思ったら切なくて、苦しくて、胸が潰れるような思いがした。 あの時――先生が清盛と相打ちになって海の藻屑となったと聞いた時に自分が味わった胸の痛みは、たぶん一生忘れられない。 しかし彼はそれと同じような痛みを何度も何度も味わってきたのだ。 改めて彼の愛情の深さを思い知りながら、望美は浮かんだ涙を拭うこともせずにリズヴァーンを揺り起こした。 「先生、先生!」 「……う、ん……」 長い睫に縁取られた瞼がゆっくりと開く。 「先生、大丈夫ですか?」 望美はリズヴァーンの額に張り付いた前髪を払ってやりながら、労るように声をかけた。 「神子……?」 普段の彼からは想像できないくらい頼りなげな声が漏れた。 「大丈夫、先生。私はここにいますから」 彼女はそう言って、ぼんやりと焦点の定まらない目で自分を見上げてくる愛しい師の額に口づけた。 「先生、もうあの苦しい運命は終わったんです。私はここに……先生の側にいます」 子供に言い聞かせるように言った望美の背に、リズヴァーンの腕が回される。 「神子……ここに、いるな?」 「はい」 「それならばいい」 抱き寄せるように込められた力に逆らわず、彼女は恋人の腕の中に身を預けた。 確かに温もりを抱き込んだことで安堵したのか、半覚醒の状態だったリズヴァーンの頭が次第に冴えていく。 ぼんやりとしていた表情が柔らかな微笑みに変わったのを見て、望美はホッと胸を撫で下ろした。 「神子、泣いていたのか?」 「あっ、これは……」 まさか先生がうなされていたのを見て貰い泣きしましたとは言えず、望美は慌てて巧い言い訳を探した。 しかしそれよりも早く、 「怖い夢でも見たのか?」と苦笑混じりに微笑まれて、二の句が継げなくなってしまった。 怖い夢を見たのは先生でしょう。 喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、望美は小さく頷いた。 どうせどんな誤魔化しをしたところで先生にはお見通しなのだ。 例えば、自分が彼を慮って吐く嘘すらも。 それならば、聞き分けの良い弟子としては、そういうことにしておきたい先生の意志を汲んでやるべきだろう。 望美の答えに満足したのか、リズヴァーンは優しく彼女の髪を撫でて、壊れ物を扱うようにそぅっと抱き寄せた。 「神子、お前と共にここに存在できることを、私は幸せに思う」 「それは私も同じですよ、先生」 裸の胸に顔を擦りつけるようにして、望美はくすくすと笑い声を上げた。 「こうして先生の腕に抱かれてると、あの時空の彼方で怨霊と戦っていたのが嘘みたいです。でも、あの時があったから、先生とこうしていられる今があるんですよね。そう思ったら、何だか不思議」 「そうだな」 低くて温かい声が頭上から降ってくる。 とくんとくんと生命のリズムを奏でるリズヴァーンの鼓動と、あやすように髪を撫でる大きな手が心地良い。 安心したらまた眠たくなってきてしまった。 「神子、お前を愛している」 眠りに落ちる直前に聞こえた声は都合の良い幻聴だったのだろうか。 明日の朝、目が覚めたら先生に聞いてみよう。 「愛している、神子……」 リズヴァーンの甘い囁きを子守歌の代わりにして、望美は眠りの波に身を委ねた。 子猫のように身体をすり寄せて眠る愛しい少女を抱きながら、リズヴァーンは深い溜息を漏らした。 幼い頃からずっと想い続けてきて、けれど結ばれることなど叶わぬと思っていた大切な大切な女性。 その彼女がこうして今自分の腕の中にいる。 それはまるで都合の良い夢のようだ。 ふと、今し方見ていた夢の方が現実なのではないかと不安がよぎる。 と、眠っていたはずの望美の唇から楽しげな笑い声が漏れた。 幸せな夢でも見ているのだろうか。 頬にかかった髪を払ってやると、彼女はへらっと微笑んで、 「先生……だぁい好き……」と呟いた。 「ああ、私も、愛している」 答えて額に口づけて、リズヴァーンはゆっくりと目を閉じた。 大丈夫、これは間違いなく現実だ。 自分の腕の中にあるこの温もりが何より雄弁にそれを物語っている。 彼はもう一度深く息を吐き出して、望美を腕の中にしっかりと抱き締めた。 目が覚めても、この温もりが決して消えないことを確信しながら――。 |
Suzume初書きの遙か3は、やっぱりリズ先生です! リズ先生にときめかなければ、きっとコンテンツを作ろうとまでは思わなかったかと! でも、そのわりに痛いお話になってしまったのが悔やまれます(ほろり) えぇーと、習作ということで、以後甘いものを書けるよう精進したいと思います。 |