濡れ衣

Presented by なばり みずき


 冬休みが終わるのと同時に、望美の八葉と朔、そして白龍は元の時空へと帰っていった。
 それまでの賑やかさが嘘のようで、きっと慣れるまでには時間が掛かるだろう。
 実際、望美も譲もいつになく淋しげだ。
 尤も、二人は自分と違って向こうの時空でずっと彼らと共にいたのだから、淋しさもまたひとしおなのだろう。
 将臣だとて淋しくないわけではない。
 けれど、白龍も別れ際に言っていたではないか。
「遠く時空を隔てても、人の想いは途切れない」と。
 それよりも、今は取り戻した日常を謳歌しよう。
 こちらがめそめそしていたら、連中もきっと気を揉むだろうから。
 ――などと、珍しく感慨に耽っていた将臣だったのだが……現実はそう甘くはなかった。
 
 彼らとの別離から一ヶ月を過ぎた頃。
「将臣、ちょっといらっしゃい」
 学校から帰ってくるなり、将臣は母親にリビングへと呼びつけられた。
 口調は静かだったが、有無を言わさぬ迫力がある。どうやら何か怒っているらしい。基本的に放任主義の有川家で、母がこんな風に怒るのは非常に珍しいことだ。
 何かやっただろうかと思いながら、彼は制服のままリビングへと足を踏み入れた。
 そして、彼は応接セットのテーブルに置かれたものを見て、思わず天を仰ぎたくなった。
 それは、彼らが連絡手段に使っていた携帯電話だった。
 何人かは元の世界に戻る際に思い出の品として持ち帰ったのだが、半数くらいの面々はそのまま置いていったのである。
 確かにこれを見つけられてしまったのでは不審に思われても致し方ない。
 少なくとも、一介の高校生がこんな数の携帯電話を隠し持っていることなど有り得ないのだから。
 ましてや身分証明書もないヒノエがどうやってこの携帯電話を手に入れたのかを考えると、母親に訝しく思われたところで反論の余地もない。
 こんなことなら机の抽出なんて安易な場所じゃなく、箱にしまうなりして別の場所に隠しておけば良かったと思うが、そんなこと今更言ったところで後の祭りだ。
 硬い表情をこちらに向けた母が、座るようにと目で促す。
 将臣は渋々向かい側のソファに腰を下ろしながら、適当な言い訳を捻り出すべく頭をフル回転させた。
 全てを正直に話しても良かったが、それで理解が得られるとは到底思えないし。
(さて、どう誤魔化したものか……)
 言葉を探す将臣の正面で、彼女は大仰にため息を洩らした。
「あんたはたまに無茶するところがあったけど、それでも親に言えないようなことをするような子じゃないと思ってた」
「ああ、まあな」
「じゃあこれは一体なんなの?」
「それは……」
 ああ、何かとんでもなくヤバイ雲行きになってきている。
 きっと母の脳裏では、自分が何か犯罪に手を染めたのではないかとか、そんな疑惑が張り巡らされているに違いない。
 どんな犯罪を想像しているのかまで細かく解ってしまうのがまた情けなさに拍車を掛ける。
 そうは思うものの、とっさに巧い言い訳が思いつかない。
 あの時空では還内府として幾つもの修羅場をくぐり抜けてきた将臣だったが、母親を前にしては形無しである。
 そういえば、自分に対してはあれだけ尊大な態度だった義弟も、父・清盛や母・時子の前では殊勝だった。いつの世も、子供は親には勝てないものなのかもしれない。
 こんな黙まりがいつまでも通用するはずないことは解っている。
 窺うように目線を上げると、母が泣きそうに顔を歪めていた。
 母親が泣いているところを見たのなんて、子供の頃に死んだ祖母の葬式以来で、これにはさすがの将臣も狼狽えた。
 しかし、一刻も早く誤解を解かなければと焦れば焦るほど、適当な言い訳が思い浮かばない。
 そこへ、天の助けが現れた。
「ただいまー」
 玄関から聞こえてきた弟の声を、これほどまでに有難く感じたことはない。
 将臣はすっくと立ち上がると、急いで廊下に出て二階に上がろうとする譲を呼び止めた。
「兄さん、帰ってたのか」
「いいからお前もこっちに来い!」
 必死の形相で手招きすると、
「将臣、まだ話は終わってないわよ!」
 リビングから母親の鋭い声が飛んできた。
「はいはい、解ってるって」
 勘のいい譲はそれだけで何かあったのだろうと察したらしく、鞄を玄関先に置いたままこちらに来た。
「兄さん、また何かやったの?」
「人聞きの悪い事言うな。あれだよ」
 小声でぼそぼそ話しながらテーブルの上を親指で指し示す。
 兄の肩越しに並べられた携帯電話を見て、譲は全てを察したらしく、乾いた笑いを洩らした。
「だからちゃんとしまっておけって言ったのに」
「そんなの今更言ってもしょうがねえだろ」
「何こそこそ話してるの! 将臣、こっち来て座りなさい」
「へいへい」
 怒鳴られて首を竦めつつ、将臣は再びソファに腰掛けた。
 援護射撃が期待できる分、先ほどの焦りは随分落ち着いている。
 少なくとも、多少無理な言い訳をしたところで、譲が適当にフォローしてくれるだろうし、彼は自分と違って『真面目』な『良い子』だから変に疑われることもあるまい。
「譲も知ってたの? 将臣がこんなに携帯持ってたこと」
「うん。ていうか、それ、兄さんのじゃないんだよ」
 淡々とした口調でいう弟に、将臣は内心でエールを送った。
 このままうまいこと言い訳してくれ、と祈るように思う。
「冬休み、海外に住んでる友達が遊びに来たって話はしただろ。その人達がこっちでの連絡用にって買ったんだ」
「そうそう。それで、向こうに持って帰っても使わないし、またこっちに来た時に使うかもしれないからって俺が纏めて預かったんだよ」
 譲の言を継いで畳みかけるように将臣が言う。
 母は半眼で将臣を睨んでから、視線を譲へと移した。
「本当?」
「俺が兄さんを庇って嘘なんか言うはずないだろ。なんなら春日先輩にも聞いてみたら?」
 こういう事態を予め予想していたのか、譲はすらすらとそう口にした。
 この分だと、望美にも口裏合わせを頼んであるのだろう。
 彼が口にした説明は、大まかな真実に微妙な嘘を交えてあるから信憑性も高く、またこちらの後ろめたさも非常に少なくて済む内容のものだ。
 それをしれっとして言ってのける辺り、ここぞという時の度胸はさすが自分の弟である。
「まあ、そういうことならいいけど。将臣も、だったら最初からそう言いなさいよね。お母さん、変な心配しちゃったじゃない」
「ああ、悪い」
 これで話は終わりだというように立ち上がった彼女にホッと安堵の息を洩らし、将臣は広げられた携帯電話を抱えて部屋に戻った。

 後日、将臣が母親から掛けられた嫌疑を知った望美は目尻に涙を浮かべて大笑いした。
「お前なあ、笑い話で済んだから良かったようなものの、こっちはほんと寿命が縮む思いだったんだぞ」
 思い詰めた母親の顔を思い出すと、今も冷や汗が出るほどである。
 あれは絶対、将臣が振り込め詐欺だとか、そういう類の犯罪に手を染めたのではないかと本気で心配していた顔だった。我が親ながら、いくらなんでもそれはちょっとあんまりである。
 思わず、そもそもの発端であるヒノエに毒づきたくもなろうというものだし、もしも時空を越えられるなら一発どころか二、三発ぶん殴ってやりたいところだ。
 けれど。
「日頃の行いが悪いからだよ。でも結局はちゃんと信じて貰えたんだから良いじゃない」
 そう言って微笑った望美を見ていたら、何だか、もう、どうでも良くなってしまった。
 この顛末を知ったら、連中も笑うだろうか。
 あるいは呆れたり、苦笑したりするかもしれない。
 時空の彼方の友たちを懐かしく思いながら、将臣は苦笑を深くした。








『運命の迷宮』ノーマルED後のお話です。
ヒノエくんてばあの携帯どうやって手に入れたのかな〜と思って出来たお話です。
別名『将臣くん、貧乏クジを引くの巻』といった感じで。
金銭面は結構何とかなってたと思うんですよね。
ヒノエくん、ちゃっかり株とかもやってたみたいだし。
もちろんその資金と口座はきっと将臣名義でしょう。
得体の知れない通帳と、そこに記された大きなお金の出入りまで見つかっていたら、
きっと有川夫人はますます不安を募らせていたこと請け合いです(笑)
他のEDはまだ殆ど見ていないので、矛盾点があってもご容赦下さい〜(汗)

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