お邪魔虫の撃退法 Presented by Suzume
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「あ、メール」 バッグの中から聞き慣れた着信メロディが流れたのに気づいた望美は、ごそごそと携帯電話を取り出して、メールの主を確認した。 傍らにぴったりと寄り添っている銀はその様子を静かに眺めていた。 普段と何一つ変わらない光景だ。 二人折りの携帯電話を開いて相手を確認した彼女は、 「また将臣くんだ」と呆れたように肩を竦めた。 どういうわけか、ここのところ、将臣はどうでもいいような下らないメールをちょこちょこと送ってくるようになった。 以前はメールの返信もろくに寄越さなかったというのに、一体どういう風の吹き回しやら。 いや、理由は薄々解っている。 帰宅後に噛みつく望美を面白がってのことなのだ。 送ってくるのが、狙い澄ませたかのように銀と会っているときばかりというのが何よりの証拠だ。 「今度は何よ」 眉間に皺を寄せて内容を確認しようとした望美だったが、銀の手にやんわりと阻まれてそれは叶わなかった。 「え?」 普段の銀ならば、こんな風に邪魔したりしない。 望美は目を瞬かせて傍らの恋人を見上げた。 「神子様、今はよろしいではありませんか」 柔らかい笑顔はいつもと変わりなく見えたが、どこかが微妙に違っていた。 「銀?」 「わがままを申していることは重々承知しています。ですが、どうか私といるときに、他の殿方のことを考えるのはおやめ下さい」 彼は笑顔のままでそう言って、望美の手の中の携帯電話を元通り二つに折り、彼女のバッグへと戻してしまった。 「でも、急ぎの用だったりしたら……」 望美は内心ドギマギしながら言い訳の言葉を口にした。 愛しい恋人が、普段はあまり見せてくれない嫉妬めいた感情や強引なところを表してくれるのはとても嬉しかったが、メールの内容が気になるのもまた事実だ。 9割方は下らないことだろうと思っていても、もし何か重要なことだったらと思うと気が気ではない。 しかし銀は、望美の気掛かりを蕩けるような笑顔と、 「将臣様ならば、急ぎの御用でしたら直接お電話をお掛けになるでしょう」という言葉で封じてしまった。 なるほど、確かに銀の言うとおりだ。 悪戯だったら多少手を掛けたりはするけれど、基本的には面倒臭がりの将臣のことだから、本当に急ぎの用件がある場合はメールなんてまどろっこしい手段は使わず直接掛けてくるはずだ。 それならば気にすることはないかと望美はソファに深く座り直した。 その肩を銀が優しく抱き寄せる。 「将臣様は、もしかすると私を信用していらっしゃらないのかもしれませんね」 「そんなはずないでしょ」 苦笑まじりの恋人の言葉を望美は笑って否定した。 知盛ならともかく、こんな好青年を信用しないなんて、そんなことあるわけない。 「いいえ。将臣様がこうして逢瀬に横槍を入れるのは、きっと私があなたに不埒なことをするのではないかと危惧しておられるからでしょう。勘の鋭い方ですからね」 「え……?」 不意に口づけの距離まで顔を近づけられて、望美は思わず息を飲んだ。 吐息はもちろん、睫毛さえも触れそうな距離だ。 「くちづけてもよろしいですか?」 「そんなこと聞かないでって、いつも……」 恥ずかしげに目を伏せた彼女の唇に、銀の唇がやさしく重ねられた。 彼はいつもこうして律儀に確認するのだ。 それが望美にはたまらなく恥ずかしかったが、銀が自分を思いやってくれてのことだと思えば文句も言えないし……と内心でこっそり肩を竦めた。 恥ずかしがる望美を見たいと思ってのことなのだとは露ほども気づいていない。 優しい口づけに身を委ねながら、望美はぼんやりと今し方の会話を反芻した。 銀は、どうして将臣が彼のことを信用してないなんて誤解してしまったんだろう。 彼が決して望美の嫌がるようなことを無理強いしたりしないだろうことは将臣だって解っているはずだ。少なくとも平重衡がどんな人かということならば、三年以上も平家にいた将臣の方が、望美などよりずっとよく知っているだろう。 わざわざ二人でいる時間を狙ってメールを寄越すのは、望美がむきになって突っかかるのを面白がっているだけに過ぎない。 そのことをどうやって説明すれば銀は納得してくれるだろうか。 「神子様」 余韻もなく唇を離した銀に硬い声で呼ばれて、望美ははっとして顔を上げた。 「将臣様のことを考えていらっしゃいましたね?」 「えっと……」 はっきり違うと断言できずに視線を泳がせてしまった望美に、彼は切なげに眉を寄せて嘆息した。 「自由なあなたの心を縛る術など私にはございません。私にできるのは懇願することだけ。どうか、今この時だけは私のことだけ見てほしいと……。神子様の御心を独り占めしたいなどと思ってしまう私の欲深さに、呆れられてしまいましたか?」 「し、銀」 だいぶ慣れたつもりでいたが、それでもこんな風に言われるのはやっぱり恥ずかしい。 望美は慌てて首を振って、きゅぅっと銀に抱きついた。 「そんな心配しなくても大丈夫だってば。私の心は銀だけのものなんだから」 望美の言葉にかぶさるように、再びバッグの中でメールの着信を知らせるメロディが鳴った。 しかし今度は無視する。 将臣には悪いが、銀を不安がらせてまで確認しなきゃならないことじゃない。 「ありがとうございます、神子様」 銀は望美をふわりと抱き上げ、自分の膝の上へ座らせて、恭しげに彼女の頬に口づけた。 望美はそんな銀に気恥ずかしくなって頬を染めながら、でもねと口を開いた。 「将臣くんが信用してないっていうのは絶対に銀の勘違いだよ」 「そうでしょうか」 「そうだよ。第一、将臣くんが銀の何を信用しないっていうの?」 「将臣様は私の胸の内に宿る邪な思いを見透かしておいでなのでしょう。ですから私が激情に任せてあなたに淫らなことをするのではないかと心配していらっしゃるのです」 「まさか」 銀の言い分を一笑に付して、望美は甘えるように彼の肩に頭を預けた。 「いいえ。事実、こうしている間にも、あなたの甘美なる唇を何度でも味わいたいと思っているのです。白い肌に、あなたが私のものだという証を刻みつけたいと……」 耳元で甘く甘く囁かれて、望美の鼓動が速くなった。 誘うようにうなじを撫でる指先が望美の心と身体を熱くする。 それでいて、自分からは強引にことを進めたりしない。 「銀、ずるい」 「何がですか?」 「そんな風に言われて、私が平気でいられないって解ってるくせに」 「しもべである私が、どうしてあなたの嫌がることを強いることができましょう?」 「嫌がってなんかいないって知ってるくせに……そういうこと言うところがずるいっていうの!」 真っ赤になって俯いて、望美はしがみつくように銀の首に腕を回した。 と、再び着信音。今度はメールではなく電話の方だ。 二人は顔を見合わせて、仕方なさそうに苦笑してから名残惜しげに身を離した。 バッグの中から携帯電話を取り出す望美の目が少しだけ剣呑に光ったが、銀は穏やかな表情を崩さない。 「もしもし?」 不機嫌極まりない声で出たのも道理、着信相手は将臣だった。 『悪いな、取り込み中だったか?』 神妙そうな素振りはしているが、声の端々に面白がっている響きが感じられた。 他の人ならば騙せたかもしれないが、生まれたときからのつきあいを舐めてもらっては困る。 望美はいい加減腹が立って、 「将臣くん!」と電話の向こうの幼なじみを怒鳴りつけた。 『そんなマジで怒るなって』 ちっとも反省してなさそうに笑いながら謝られても、ますます怒りが増すだけだ。 携帯電話を叩き折りたい衝動に駆られながら怒りの言葉をぶつけようとした望美だったが、不意に傍らの銀にそれを取り上げられて、きょとんっ、と目を丸くした。 「失礼致します」 にっこり笑顔の銀が、どういうわけか酷く怖い。 黙ってこくこく頷いたら、彼はにこやかな笑顔で、 「後はお任せ下さい」と囁いた。 将臣の悪ふざけは幼なじみの気安さから生じるものだろう。 だとしたら、第三者であるところの銀が何か言ってくれれば、案外すんなりやめてくれるかもしれない。 安易にそう結論づけて、望美はお手並み拝見とばかりに銀の横顔を窺った。 「将臣様、あまり神子様を困らせないで頂けますか」 『悪い悪い、あいつからかうの面白くてな』 失礼なことこの上ない将臣の言葉が漏れ聞こえてきて、望美の眉間に皺が寄る。 しかし次の瞬間、 「あまり悪ふざけが過ぎるようでしたら、あのことを神子様にお話し致しますよ、重盛兄上」という銀の台詞を聞いて、怒りも何もかも吹っ飛んでしまった。 穏やかな笑みを浮かべたまま脅し文句を吐いた銀にもびっくりしたし、その言葉を聞いた将臣が絶句したのにも驚いた。 そうこうしている内に銀は二言三言交わして電話を切ってしまったものだから、将臣がその後どんな受け答えをしたのかさえまるでわからない。 「ねぇ、あのことって何?」 あの将臣を一瞬で黙らせるだけの出来事とは一体何なのだろう。 好奇心に駆られて尋ねた望美に、銀は笑みを深くした。 「さあ?」 「えぇ、勿体ぶらずに教えてよ」 「教えて差し上げたいのは山々なのですが、そういうわけにもまいりません。何せ口から出任せを申しましたので」 「へ?」 望美は今度こそ口をぽかんと開けて、麗しい恋人の顔をまじまじと見てしまった。 そんな、あなた、まるでどこかの策士のような……。 「将臣様とて神子様の耳に入って困るようなことの一つや二つはお有りでしょう」 にこにこと言う銀の言葉が嘘か本当かは解らない。 解らないけれど、望美はこっそり幼なじみに同情した。 それから、今度こそ邪魔の入らない状態で、愛しい人との甘くて密やかな時間を楽しんだのだった。 |
初挑戦の銀×望美です。銀さんがちょっと黒い気が……(汗) 将臣くんは世話好きだから、煮え切らない(ように見える)義弟と望美ちゃんの恋が一日も早く進展するように 良かれと思って発破をかけていたのでしょう。 (……と報われない将臣くんのためにここでフォローしておきます) 普段はあんまり書きませんが、こういうコメディタッチのものも好きなのです。 |