山茶花

Presented by なばり みずき


 刀の手入れを終えて時間を持て余した将臣は、気分転換にと庭へ降りた。
 この高館の庭にも、申し訳程度に花などが植えられ整えられている。
 鎌倉の追補を逃れてきた自分達への慰めにと、秀衡か泰衡が急ぎ差配したのだろうか。あるいは主がいなくなった後も、誰かがずっと手入れしていたのかもしれない。
 そうして何気なく視線を転じた将臣は、庭先で楽しげに語らう男女の姿を認めて目元を緩めた。
 望美と銀だ。
 ここからでは何を話しているのかまでは判らないが、望美が頬をほんのりと染めて花を指差しているのに、銀が穏やかな微笑みを浮かべて頷いている。
 彼女が銀に対してどんな想いを抱いているかは幼馴染みの将臣には一目瞭然だ。尤も、望美はあまり隠し事が得意な方ではないし、思っていることがすぐに顔に出る性質だから、きっと彼以外にも気づいている者はいるだろう。
 銀の方も、吉野で会った頃よりずいぶんと表情が柔らかくなってきたように思える。それは、頑なだった花芽が、春になって綻んできたかのような変化だ。
 微笑ましいものを見るような目で二人を眺めていた彼は、
「将臣殿」
 遠慮がちに呼び掛けられて思わず身を強張らせた。
「ああ、なんだ、敦盛か」
 これではまるで出歯亀だ。 
 どう言い訳したものかと言葉を探す将臣に訝しげな表情をした敦盛だったが、それまで彼が向けていた視線の方向を見やって得心がいったらしい。微苦笑を浮かべて頷かれ、少々バツの悪い気分を味わう。
「神子はすっかり銀殿に心を許されている。将臣殿のご心配も無理からぬことでしょう」
「よせやい、譲じゃあるまいし」
 将臣だとて敦盛に自分をからかう意図など露ほどもないことは解っていたが、照れ隠しもあってわざと大袈裟に肩を竦めてみせた。
 それから不意に真顔に戻り、声をひそめて低く問う。
「お前はどう思う? やっぱり……あいつか?」
「……確信は持てません。ですが、里野で聞いた話によると、銀殿がこの平泉に来たのはこの夏のことだそうです」
「なるほど、可能性は高いってわけか」
「将臣殿はなぜ?」
 敦盛は確かに重衡と親しくしていたが、将臣の方は実はさほど親しくつきあいがあったわけではない。『還内府』という立場上、表向きは兄弟として接することもあったものの、それ以上のつきあいはしていなかった。
 その自分がなぜこうして彼を気に掛けているのか、敦盛が疑問に思うのも無理はない。
「そうだな……義理とはいえ弟だから、なんて理由じゃないのは確かだな」
 将臣は口の端に苦笑を滲ませて軽く嘆息した。
「まあ、正直どっちでも良いんだがな。銀が重衡だろうと、別人だろうと。だが、重衡であってくれればいいとは思う。あいつが死んでなかったんなら嬉しいと思うし、何より……」
 何より、彼が重衡ならば、きっと望美を泣かせたりはしないだろう。
 経正から聞いた話では、優しく雅やかな重衡は、すぐ上の兄・知盛同様、女性にとても人気があったらしい。だが彼は女遊びが派手だった知盛とは違い、生真面目で誠実な男だった。
 一時は仄かな恋心を抱いたこともある幼馴染みを、むざむざ辛い恋の道へなんて進ませたくはない。
 熊野で知盛と意気投合していた様子の望美を見た時には、内心ヒヤヒヤしたものだが、相手が重衡ならば申し分ないと言っても良い。
「将臣殿?」
 急に黙り込んだ将臣を訝しく思ったのだろう、敦盛が伺うように声を掛けてくる。
「いや、何でもない」
 本当は、銀が誰であろうと関係ないのかもしれない。
 望美が笑ってさえいてくれれば――今では妹のように思っている大切な幼馴染みを幸せにしてくれる相手でさえあるならば、それが銀でなくとも構わないのだ。
 植え込みの向こうで楽しげに寄り添う二人の姿を、温かな眼差しで見つめる。
 つられるように彼らに視線を向けた敦盛もまた、将臣と同じように表情を和ませた。
「かの人は心優しい人だったから……それゆえ負った業も深く感じられたことだろう。ならばせめて、今後は心安く過ごされてほしい。神子の側ならば、きっとそれも叶うだろうから」
「……そうだな」
 こんな平穏な時間がいつまで続くかは解らない。
 明日にも鎌倉が何らかの動きを見せて消え去ってしまうかもしれない。
 けれど、叶うならば――少しでも長く、このささやかな日常が続くようにと……。
 庭に植えられた山茶花の花に指を添わせて、将臣は胸の内で強く願った。


 山茶花の花言葉は「困難に打ち勝つひたむきさ」。
 それはまるで、二人の恋の行き先を象徴しているかのようだった。








副題は『見守る人々』。
分類に凄く迷ったのですが、銀×望美傾向ではあるものの、銀も望美も直接出てこないので、敢えて「その他」に。
なばりはこういう“お兄ちゃん”な将臣くんが大好物なようです(笑)

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