優しい時間

Presented by Suzume


「ねえ、どうして黒龍の神子には八葉がいないのかしら」
 特に不便は感じないし、どうしてもほしいとは思わない。
 けれど、やっぱり少し不公平な気がして朔は小さく溜息を洩らした。
「白龍の神子は怨霊を封じることができる。しかしたとえ稀なる神気を持つ神子とはいえ、人の身ひとつで行えるものではない。八葉の力を得てこそ為し得ることだ」
「黒龍の神子にできるのは怨霊を鎮めることくらいだけれど……怨霊を鎮めるだけなら人の身でも大丈夫ってこと?」
 夜を思い起こさせる瞳を見つめて、朔は苦笑しながらそう言った。
 身の丈に合っているだけの力しかないから、助けは必要ないというわけだ。
 それは道理に適っているし、なるほど説得力もある。
「そういうことだ」
 朔は八葉がいないことで黒龍を責めるつもりなどない。
 ただほんの少しだけ、まだ見ぬ対の神子が羨ましかっただけだった。
 しかし黒龍の方はそうは思わなかったらしく、気難しい顔をして彼女を抱き締めた。
「八葉がほしいのか、神子?」
「そういうわけではないわ」
「八葉は白龍の神子を護るだろう。だが、神子、お前のことは私が護る。私が護るだけでは不満か?」
 黒龍はどこまでもまっすぐで、駆け引きや甘い嘘など知らない。
 その真摯さが朔の心に燻っていた微かな嫉妬心を穏やかに鎮めた。
 自分には八葉なんて必要ない。
 この人さえいてくれれば、他に何も要らない。
「馬鹿ね、黒龍。私があなた以外を求めると思っているの?」
「けれど神子はどこか寂しそうだった。八葉を求めているのではないのか?」
「そうね……羨ましくなかったと言えば嘘になるけれど。でも私にはあなたがいてくれるんでしょう? 黒龍が護ってくれるのだから、私には八葉なんて必要ないわ」
 朔はそう言って、黒龍の背に手を回した。
 彼は安心したように柔らかな微笑みを浮かべ、己の神子を優しく抱き寄せて豊かな黒髪に顔を埋めた。
「神子、約束しよう。何があろうとも、必ずお前を守ると」
「ありがとう、黒龍。あなたが守ってくれるというのであれば、怖いものなど何もないわ」
 朔はふわりと微笑んで、彼の腕に身を預けた。
 この優しい時間は永遠に続くのだと――その時の彼女は疑ってすらいなかった。








拍手の御礼用掌編としてアップしていたものです。
密かに大好きなカップリングで、サイト内で扱っていないにもかかわらず衝動的に書いてしまいました。
今後増やしていかれたらいいなぁと目論んでるのですが、
いざ書こうと思うとなかなか難しくて、早くも挫折気味です。
今回はちょっと切なめになってしまいましたが、次の機会にはもっと甘い話が書きたいです。

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