サンプル2(やくそく)

Presented by なばり みずき

「ああ、そうやって笑って待っててくれ」
 エリオットはいつものように晴れやかな笑顔を浮かべると、握り締めていたアリスの手を自分の口元へと持っていった。そして軽く目を伏せ、指先に恭しく口づける。
「抱き締めたりキスしたりってのは二人きりじゃないと駄目なんだろ。だから、今はこれで我慢しとく。その代わり、帰ってきたらたっぷり堪能させてもらうから、覚悟しとけよ」
 そう言って悪党らしく口の端を持ち上げた彼は、アリスが二の句を継ぐ暇も与えずに身を翻して行ってしまった。
 彼女に出来たのは、あっという間に遠ざかっていく広い背中に、「気をつけてね!」というありきたりな言葉を掛けることだけだった。
 走ってまで追い掛けなくてはならない理由はないし、まして仕事を放ってなんて行かれるはずがない。
(いつもと同じよ。何も変わらないわ)
 アリスは軽く目を伏せると、ゆっくり呼吸を整えて自分にそう言い聞かせた。
 なぜこんな風に不安に思ったのか、自分でも解らない。ただ、この胸騒ぎが虫の報せでないように祈るばかりだ。
 何気なく目をやった窓の外には、小憎らしいくらい晴れ渡った青空が広がっている。
「晴れの空を忌々しく思うなんて、これじゃどこかの誰かさんみたいじゃない」
 やつあたり気味に呟いて唇を噛みしめる。
 にんじん色の髪をした愛しい恋人の無事を願いながら、少女はそっと吐息を洩らした。



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