サンプル1(心恋うらごいし)

Presented by Suzume

 新たに皇の地位に就いたアシュヴィンは、苦しんでいる民のためにも、一日も早く常世を豊かな国にするべく、日夜政務に明け暮れていた。
 そんな中でもたらされたのが今回の報だ。ここで長年の憂いを一掃できるというのなら願ってもないことだ。だからアシュヴィンはこの度の挙兵には、人数こそごく少数だが、選りすぐりの精鋭ばかりを連れてきていた。
 そもそも常世は一枚岩の国ではない。恵が失われたことによって国が荒れるよりもずっと以前から、貴族や皇族達があわよくば自らが皇位に就くべく、こぞって水面下で策謀を巡らせているような国だったのだ。それを思えばこういう事態は常に予測して然るべきだと言っても過言ではない。
 問題は、その時期がアシュヴィンやリブの予想よりも遙かに早かったということだった。
 楽に皇位を手に入れようなどという虫の良い考えをする輩ならば、決起するのは恐らく国の機能がある程度まで回復してからだろうと踏んでいたのだ。その方が自分達の苦労が少なくて済むと考えるに違いないと。
「まったく、連中は何だってまたこんな半端な時期に、こんな下らん計画を遂行しようと考えたんだかな。不合理なことこの上なかろうに」
 アシュヴィンは揺れる炎を睨み付けながら悪態を吐いた。それに対し、細目の副官は茶の準備を整えながら小さく頷いた。
「や、本当に、陛下の仰有る通りです。彼らの目論見が成功を収めるかどうかは別として、二〜三年も待ってから実行に移せば労せずしてその地位を手に入れることができるでしょうに。それに今のアシュヴィン様は、民達は元より、主立った貴族達や近隣の豪族からも一目置かれている。そんな状態で謀反を為し得たとしても、旨味があるとも思えないんですがね」
「相手は余程考えなしのウツケか、あるいは他に何か理由があるか、だな」
「そう考えるのが妥当でしょうね」
 リブは思案深げに息をついて、主の手から空のカップを受け取った。そこへ湯気の立ち上る茶をなみなみと注いで返す。
「問題は、連中の目論見がどこにあるかですが……」
「まあ、要はこちらが先手を打てば良いだけの話だ。彼奴等の企みには何か裏があるかもしれない、そのことを俺達が肝に銘じておけば、いざというときに狼狽えることもないだろう。もっとも連中の目論見が実を結ぶより、俺達がその企てを潰す方が早かろうがな」
 自信満々に言い放って、アシュヴィンは茶を口に含んで冷えた身体を温めた。
 彼の自信は決して見当違いのものではない。いち早く情報を掴んだことで、こちら側が一歩先んじているのは間違いないのだから。



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