サンプル2(孔明×花本「恋初め」より「恋だめし」)

Presented by Suzume

「あなたのためにいくつか誂えさせておいたの」
 そんな言葉と共に芙蓉の部屋へ引き摺り込まれた花は、あれよあれよという間に手際良く着飾られてしまった。
 宴の折にも何度かこのような場面はあったが、さすがに今日のはそういう装いとは趣が違っていた。着付けられたのはこれまで袖を通したことがあるものよりも数段大人しめな印象の着物で、強いていえば城下で見かける娘達の服装に近い。だが、誂えさせたというだけあって、淡い色合いの装束は花の好みにも合うもので、普段より少しだけ可愛くなれた気がした。
 着付けを終えた芙蓉が満足そうに頷いて、今度は化粧箱へ手を伸ばした。
「本当なら髪もいじりたいところだけれど、いきなりやり過ぎるのは逸っている感じがしてみっとも良いものじゃないものね、今日のところはそのままでいきましょう。でも、紅だけは差すわよ。薄い色味のものでも、普段よりはぐっと艶やかに見えるし」
「艶やか……」
「ほら、口を動かさない。じっとしててね。ちょっと唇開いて。そう、そんな感じ」
 指示されるがまま、じっと紅筆が唇をなぞり終えるのを待つ。
 そうして大人しくされるがままに身を任せていた彼女が解放されたのは、そろそろ空が茜色に染まろうかという頃合だった。
「あの、芙蓉姫……それで、これでどうすれば……?」
 勢いに押されて着飾られてしまったものの、芙蓉が一体自分に何をさせようとしているのか全く見当がつかない。
 途方に暮れたような気分で見上げれば、彼女はその美しい顔に悪戯っぽい笑みを浮かべてみせた。
「あら、あなたは強いて何もしなくても良いのよ。嫁入り前の娘が自分を安売りするような真似をする必要はないわ。ただ、その格好で孔明殿の元へ行って、私に着飾られたって言えば良いのよ。着飾った姿を見せたかったんです、ってね」



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