サンプル(玄徳×花本「てのひらのぬくもり」より)

Presented by なばり みずき

 春も近いというのに、今日はやけに冷える。
 見上げた空は灰色で、今にも白いものが舞い落ちてきそうだ。肌を刺す空気の冷たさから、降れば雪になるだろうことは想像に難くない。
 師である孔明から言い付けられた用件は届け物がひとつに買い物がふたつ。どれもそう遠出せずとも済ませられる範囲のものだ。天気が保っている内に済ませてしまうに限る。
 ともすればかじかんでしまいそうな手を擦り合わせながら、花は足早に歩を進めた。
「花ー!」
 城門の程近くまでいったところで声を掛けられ、花はきょろきょろと辺りを見回した。探すほどもなく華やかな色彩が目に留まる。声の主――芙蓉姫は白く息を弾ませてこちらに駆け寄ってきた。
「あなたとこんなところで会うなんて珍しいわね。どこかへ出掛けるの?」
 たしかに花は日頃、孔明の補佐(といえば聞こえはいいが実際のところはただの雑用)をしているため城内で過ごすことが多い。休みの日には芙蓉と連れ立って出掛けることもあったが、互いに職務中の時にこうして城門の辺りで行き合ったのはこれまで一度もなかった。珍しいと言われればそうかもしれない。
「うん、師匠のおつかいで届け物と買い物」
「相変わらず人使いが荒いわね、あなたの師匠は。たまには自分で出掛けなさいよ」
「寒いから外に出たくないんだって」
 ぶつぶつ文句を言う芙蓉に言い添えると、彼女は途端に柳眉を跳ね上げた。
「寒いのは花だって同じじゃない。女の子に用事を言い付けて出掛けさせておいて、自分は暖かい部屋でぬくぬくしているなんてふざけるにも程があるわ!」
 美人が怒るとそれだけで迫力は絶大だ。
 半分冗談で言われた言葉をそのまま口にしてしまったのは失敗だったかもしれないと反省しつつ、花は慌ててまあまあと宥めた。



Close