笑顔の下

Presented by なばり みずき


 休日の午後、いつものように部屋を訪れたヒトミと共にテレビを見ていたら、
「先生は独占欲って強い方ですか?」
 唐突にそんな質問を投げ掛けられた。
 何の脈絡があってそんなことを訊かれたのかと思ったが、視線を転じてすぐに納得した。
 テレビには、最近週刊誌などで浮気が取り沙汰されている俳優が映っていたからだ。
 朝のニュースなどでも芸能関連の記事として妻との関係が泥沼化していると報じられていることだし、きっとそこから連想ゲームのようにそんな質問が浮かんだのだろう。
「独占欲ねえ……」
 頬杖をついて曖昧に言葉を濁す。
 ちらりと目を向けると、ヒトミは期待と不安が入り交じったような眼差しでこちらを凝視していた。
「何だ、おまえ、オレ様にヤキモチ妬かせたいのか?」
 妬いてほしくなかったらこんな質問をするはずない。
 意地悪く口の端を持ち上げながら問い返した若月に、彼女は案の定、言葉を詰まらせて視線を泳がせた。
「べ、別にそういうつもりじゃ……」
 言い訳がましく口の中でもごもご言うものの、それが本音でないのは表情からも明らかだ。
 つくづくからかい甲斐があるなと思いながら笑いを噛み殺す。
 駆け引きなんてまるで知らない、一直線に向けられる好意が少しくすぐったい。
「そんなつもりじゃないなら、どうして不貞腐れてんだよ?」
「不貞腐れてなんかいません!」
「嘘つけ」
 若月がくすくす笑いながら頬を突くと、ヒトミはますますムキになって否定した。
 拗ねた眼差しや尖らせた唇がこれほど雄弁に物語っているというのに、こんな言葉一つで誤魔化せると本当に思っているんだろうか。
 そんな幼さも愛しくてたまらない。
 手痛い失恋を経験してから、二度と本気の恋愛なんて出来ないと思っていたはずなのに、気がつけばこんなにも想いが育っている。
 不意に、自分ばかりが夢中になっているような錯覚に襲われた。
 錯覚だ。
 ヒトミはこんなにもまっすぐに想いの丈をぶつけてくれている。
 それなのに、一体何を不安になることがあるのか……。
 若月は彼女の頬を両手で挟むと、額を合わせるようにして驚きに見開かれた瞳を覗き込んだ。
「そういうおまえはどうなんだよ?」
「……え?」
「おまえは、オレ様を独占したいのか?」
 わざと低く声を掠れさせて訊ねると、ヒトミは緊張したような面持ちでこくんと喉を鳴らした。
「そんなの……」
「ん?」
「そんなの……独占したいに決まってるじゃないですか」
 恥じらうように頬を染め、視線を逸らして告げられた言葉――それは、若月の胸に甘い痛みをもたらした。
 ガラにもなく、顔が赤くなるのを感じる。
 ヤバい。
 鼓動がまるで早鐘のようだ。
 だって、まさかそんなストレートな言葉が来るとは思っていなかったのだ。
 その上、ヒトミは絶句して固まってしまった若月になど露ほども気づかず、
「先生は違うんですか? 私の独りよがり?」
 なんて可愛いことを言う。
 伏せた睫毛が微かに震えるのを見て胸の奥が締めつけられるような気がした。
 これが駆け引きなのだとしたら大したものだが、ヒトミに限ってそれはない。
(ったく、オレ様もヤキが回ったもんだ)
 まだ子供だと侮っていた少女にこんなにもあっさり翻弄されるだなんて、ほとほとヤキが回ったとしか思えないが、だからといって無碍に出来るかと言えば答えはもちろん「否」だ。
 とはいえ、大人の男のプライドに掛けて、せめて体裁だけは保ちたい。
 こんなみっともなく動揺しているだろう顔は、たとえ恋人だろうと決して見られたくはなかった。
 だから若月は頬に添えていた手を離し、代わりに彼女の華奢な身体を、腕の中へと閉じこめるように抱き締める。
「そんな心配しなくても、人並みに独占欲は持ち合わせてる」
 だから、無闇やたらと他の男に愛想を振り撒くなよ。
 囁くように甘く告げてやると、ヒトミは安心したのか強張っていた身体の力を抜いて、甘えるように胸元へと顔を擦りつけてきた。
(人並み、ね……)
 胸中で自嘲的な呟きを洩らす。
 本当は人並み以上の独占欲を抱いている。
 ダイエットだけではない努力の成果で美しく変貌を遂げたヒトミに秋波を送ってくる野郎どもを片っ端から蹴散らしたいと思うくらいには。
 若月は自身の胸に燻る大人げない独占欲を笑顔の下に隠し、愛しい少女に口づけた。







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