前夜

Presented by なばり みずき


「先生……」
 甘えるようにすり寄ってくる身体を抱き締めて、良い香りのする髪に顔を埋めた。
 本当は甘えん坊なくせに、変なところで意地っ張りで、おまけに恥ずかしがり屋なヒトミは、なかなかこんな風に素直な態度になってくれない。
 からかったときの反応が楽しくて苛めすぎてしまうのも、彼女が意地を張ってしまう理由のひとつなのだと解ってはいるのだが、怒ったように拗ねたように目を潤ませている顔は本当に可愛くて、だからついやりすぎてしまうのだ。
 同じマンションに住んでいるというのに、ヒトミは試験前で、自分は仕事が忙しくて、ここのところ全然顔を合わせていなかった。
 そんな「久しぶり」という状況が、甘えたがりの彼女を前面に押し出しているのかもしれない。押して駄目なら引いてみろという言葉があるが、まさにそんな感じだろう。
「今日はやけに素直なんだな」
 絹糸のような髪に指を絡ませて囁く。
 また怒らせてしまうだろうか、と内心ちょっとドキドキしながら。
 けれどヒトミは怒り出したりすることなく、顔を上げて微苦笑を浮かべた。
 清純さと女の色香をない交ぜにしたような笑顔はどこか蠱惑的で、認めたくはなかったがクラクラさせられる。
「せっかく久しぶりなのに、意地なんか張りたくないし……それに……」
 そこで一旦言葉を切った彼女は、ふんわりと両手で若月の頬を包み込んだ。
「明日になったら、また年が離れちゃうんだもん。差をつけられる前に、背伸びでも何でもして、ちょっとくらい縮めておかないと」
 悪戯っぽく笑ったヒトミの表情は、見慣れているはずの若月をも魅了するくらいの艶めかしさを醸していて、思わず絶句した隙にあっと言う間に唇を奪われた。
 こちらの動揺につけ込むようにするりと入り込んできた舌が歯列をなぞる。
 ぞくりと肌が粟立つ感覚と、下半身から突き上げてくるような快感に、若月はますます狼狽えた。
 いつもは自分のペースで翻弄しているのに、今日に限ってはそれも侭ならない。
 何とか形勢逆転を計らなくては、これから先のあれこれに関わってくる。
 そうでなくても、まだ幼さの残る恋人に翻弄されるだなんて彼のプライドが許さなかった。
 絡みついてくる舌を思うさま吸い上げて、背を抱いていた手をブラウスの中へと滑り込ませた。
 急に直に背筋を撫でられて、ヒトミの華奢な身体がびくんっ、と撥ねる。
 こうなればあとはペースを戻すのも容易い。
 若月はもう片方の手を項の辺りに添えて逃げそうになる頭を押さえ、彼女の舌を押し戻すようにして反撃に転じた。
 追撃の手は決して緩めてはならない――それが油断ならない相手なら尚のこと。
 滑らかな肌の感触を楽しみながらブラのホックを外し、その手を前に移動させてカップの中へ差し入れる。柔らかな乳房は吸い付くような手触りで彼の掌に収まった。掌全体を使ってやんわりと揉みしだき、次第に固くなってきた尖端を親指で捏ねると、息継ぎの合間に艶めいた喘ぎ声が洩れる。
 逃げるように爪先立ちになっていたのもここが限界らしく、ヒトミの手がギブアップを示すように若月の胸を叩いたのを潮に、彼は名残惜しい気分のまま解放してやった。
「信っじらんない!」
 転げるように飛び退いた彼女は、胸元を押さえてこちらを睨み付けながら声を張り上げた。この程度のことで涙目になってるのが何とも愛らしい。
「何だよ、仕掛けてきたのはそっちだろ。だからオレ様は応戦したまでで……」
「だからってキスに対してブラ外すことないじゃないですか! エロ教師!」
「馬ー鹿、男がエロくなかったら人類滅亡するだろうが」
「論点すり替えないで下さい!」
 ヒトミは文句を言いながらじりじり後退った。
 距離を保ちながら、何とかブラのホックを留め直そうとしているようだが、ブラウスを着たままだからうまく留められないらしい。
「手伝ってやろうか?」
「結構です! 自分で留められます!」
「いや、そうじゃなくて……脱がす方」
「なんで脱がすんですか!」
「そりゃあ、だって、おまえ……誰かさんがえらく官能的なキスしてくれたおかげで、オレ様はすっかりその気になっちまってるんだけどな。当然、責任取ってくれるんだろ? な、ヒトミちゃん?」
 三歩で距離を詰めて壁際に追い込み、しかし彼女に触れることなく耳元で甘く甘く囁いた。
 どうすれば陥落するかなんてお見通しだ。
「お誕生日プレゼントで、日付が変わったら思いきりリードしようと思ったのに」
 拗ねたような声音でポツリと洩らされた言葉に、若月はにんまりと目を細めて口の端を吊り上げた。
「その言葉、日が変わったらちゃーんと実行して貰うから忘れるなよ」
 誕生日の前日である今日会いたいと言ったのはそういうことだったのかと思いながら、彼は可愛い恋人の額に口づけた。
 もちろん、日付が変わるまでは自分のペースで楽しむつもりで。
「ま、こんなプレゼントを貰えるんなら誕生日も悪くないかもなと」
 惜しむらくは翌日が平日だということだけだな。
 内心でこっそり肩を竦めながら、彼は笑みを深くした。


 そして明けた誕生日当日。
 当の本人がけろりと出勤していったその部屋で、ヒトミが夕方まで沈没していたとか、二度とこんなプレゼントを言い出したりするものかと心に誓っていたとかは、また別のお話。








原稿の合間に浮かんだネタを書き留めようとしたところ、そのまま書き上がってしまいました。
勢い任せで書いたものですし、その勢いのままアップしたいところだったのですが
ネタがネタだったので前日まで我慢していたという…。
サイトに上げるものとしては、珍しく若干エロ度が高めな気がします。
まあ、そこは若月先生への誕生日プレゼントってことで!(笑)

Go Back