風呂上がり

Presented by なばり みずき


 風呂上がり、雫の滴る髪をタオルで拭っていた若月は、突然鳴り響いた呼び鈴の音に眉を上げた。
 時間は既に夜11時を回っている。
 玄関の呼び鈴が直接鳴らされたということは、マンションの住人であることは間違いない。そして、こんな時間にやってくるような相手といえば、管理人の鷹士くらいしか思い当たらなかった。
 こんな時間に一体何だ……と思いながら、彼はとりあえず玄関へと向かった。
「はいはい」
 軽い調子で返事をしてドアを開けた若月は、思っていた位置に相手の顔がないことに一瞬疑問符を浮かべ、それから視線を下に動かして文字通り絶句した。
「さく……っ」
 桜川、と言おうとした彼は、すぐさま自分の格好を思い出し、ヒトミが声を上げる前に大慌てで彼女を玄関の中へと引っ張り込み、素早く口を塞いだ。
「すまん、まさかおまえだと思わなかったんだ。着替えてくるからちょっとここで待ってろ。……いいな?」
 噛んで含めるように言うと、ヒトミは顔を真っ赤にしたままコクコクと頷いた。
 若月は彼女が大声を上げる気配がないことを確認してゆっくり手を離すと、バタバタと足音を響かせて奥の部屋へ着替えを取りに戻った。
 それにしても、こんな時間に訪ねて来るだなんて一体何があったのやら。
 訝しく思いながらとりあえず下着とスウェットパンツを身に着けて玄関に戻り、ヒトミを部屋の中へと招き入れた。
「あ、お邪魔します」
「はいよ。なんか飲むか?」
「いえ、お構いなく。忘れ物を取りに来ただけなんで……」
「忘れ物?」
 言われて部屋を見回した彼は、そこで初めてテーブルの脇に置きっ放しになっていたノートに気がついた。
 なるほど、これを取りに来たわけか。
「なんだ、てっきり夜這いにでも来たのかと思っ」
「そんなことあるわけないじゃないですか!!」
「……間髪入れずかよ」
 少なからず傷つきながら苦笑して、ノートで軽くヒトミの頭をはたく。
 彼女はそれを手でブロックしながら俯いた。
「ん? どうした?」
「先生……上も着て下さい……」
 男兄弟がいるんだから、このくらいのことで照れることもないだろうにと思うものの、そんな可愛い反応を見せられては悪い気はしない。
 あっという間に機嫌を直した若月は、意地悪く微笑んで一歩距離を詰めた。
「それとも、このまま夜這いに変更しちまうか?」
 そう言って思わせぶりに髪を一房掬って散らすと、ヒトミは顔を一層赤く染め、ノートを抱き締めるようにして後ろを向いてしまった。
「は、早く帰らないとお兄ちゃんが心配するんで! それじゃお邪魔しました!!」
 脱兎の如く逃げ出したヒトミを見送って、彼は小さく吹き出した。
 照れるということは意識しているということの表れだ。それ自体は決して悪いことではない。
「まあ、おいおい慣れていってもらうしかねえか」
 呟いたと同時に玄関のドアが再び開いた音がした。
「ん? まだ何か……」
「先生、湯冷めしない内にちゃんと髪乾かさないと駄目ですよ!」
 玄関先でそんな声がしたかと思ったら、あっという間にドアが閉まる音が響く。
「……あいつ、それだけ言うために戻ってきたのか」
 本当に、人が好いと言うか、何と言うか……。
 若月は思わず苦笑して、それから彼女に言われた通り念入りに髪を乾かした。








絵チャの最中に、絵師の皆様への萌え還元になればとガリガリ書いたお話。
その時のテーマが『お風呂上がり先生』だったので、そのまんまなタイトル&お話です。
後日書き直そうと思っていたものの、書いたことすら忘れて放置してました(汗)
そして結局手は加えないままアップと相成った次第です。

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