ある冬の午後

Presented by Suzume


「今年は雪降りませんねぇ」
 マンションの一室で、灰色の空を見上げながらヒトミがぽつりと呟いた。
「何だ、降ってほしいのか?」
 言外に、寒がりのくせにと含めたのを敏感に感じ取ったのだろう、彼女の唇が拗ねたように尖った。
「だって綺麗じゃないですか、雪」
「降ってる間はな。積もられて、後で雪掻きすること考えたら降らない方がよっぽどましだ」
 若月は何気なく煙草に手を伸ばしながら言って、しかしすぐにその手を止めて、代わりにライターを掌の上で弄ぶように転がした。
 ヒトミが「身体に良くないから」と言うから、ここのところ本数を減らすように気をつけているのだが、習慣というのはなかなか抜けないもので、気がつけば今みたいに無意識の内に煙草に手が伸びてしまうのだ。
 愛しい恋人の視線はまだ窓の外に注がれたままで、今の彼の行動を気づいた様子はない。
「じゃぁ、うっすら雪化粧くらいなら良いと思いません?」
「道が凍って転ぶ奴が出るだろ。そうしたら仕事が増えて面倒だろうが」
 どこにでも子供じみた行動をする輩はいるもので、何年か前には校庭に張った僅かな氷でスケートの真似事をした挙げ句転んで怪我をしたという生徒がいた。今後もそういう馬鹿が出ないとは限らない。
 ヒトミは投げやりな言い方が気に入らなかったのか、むぅっと眉を顰めて振り返って、つかつかとこちらに歩いてきたかと思ったら乱暴に隣へと腰を下ろした。
「先生はそんなに雪が嫌いなんですか?」
「いや、別に」
「別にって……だったらどうしていちいち突っかかる言い方するんですか!?」
 別にそんなつもりはなかったのだが、どうやら彼女はそうは思わなかったらしい。
 可愛い顔をふぐのように膨らませて睨み付けてくるのが実に微笑ましい。
 若月は思わず吹き出して、長い指でぷっくり膨らんだ頬を突っついてやった。
「そうだな、誰かさんが良い反応を返してくれるからかもな」
 笑いながら言ったら、ヒトミは口の中で、
「そうやってすぐ子供扱いするんだから」と呟いた。
 子供扱いなどしてはいない。
 ただ、彼女の一挙手一投足がたまらなく可愛くて愛おしくて、もっと反応を引き出したいと思ってしまうだけなのだ。
 自分ばかりが夢中になっているようで悔しいから絶対に口にはしないけれど。
「まぁまぁ、愛情表現の一種だと思って素直に受け取っとけ」
 そう言ってにやりと笑いながら、彼は再び煙草へと手を伸ばした。
「あっ、駄目ですよ。さっき吸ったばかりじゃないですか」
「いやぁ、口寂しくてな」
 煙草を取り上げようとするヒトミの手に自分の手を重ねて、若月は口の端を持ち上げた。
「それとも、おまえが口寂しくないようにしてくれても良いんだぜ?」
 意地悪く目を細めて反応を窺う。
 純情な彼女が真っ赤になるのも、ぎこちなく頷くのも全て承知の上だ。
 瞬きもできないくらい固まっているのをいいことに、腰に腕を絡めて抱き寄せ、柔らかな頬に口づけた。
 抵抗する素振りはない。
 それどころか、ヒトミはまるで誘うみたいに睫毛を震わせながら目を閉じた。
「お、素直じゃねぇか」
「先生の健康のためです! 別に私がキスして欲しいってわけじゃないんですからね!」
 途端に素直じゃない言葉を吐くところがまた可愛い。
 悪戯をしかける度、軽口を叩く度に返してくる反応の愛らしさが、どれほど若月の心を捉えているかなんて、きっと気づいてもいないのだろう。
 若月はくくっと喉の奥で笑い声を漏らして、お言葉に甘えて口寂しさを紛らわせてもらうことにした。
 視界の片隅で、窓の外を白いものがちらちらと踊っているのに気がついたが、それを教えるのはこの甘い唇をたっぷり堪能した後でも良いだろう。

 一瞬ちらついた小雪は、二人の熱に当てられたかのように、すぐにみぞれへと変わってしまった。
 それは、ある冬の午後の出来事。







「今年は雪降らないなぁ」と思いながらつれづれなるままに書き上げたお話です。
タイトル通り冬の一コマ的なものとして、さらっと流してくださいませ。

ヤマもオチもイミもない話で恐縮ですが
若月×ヒトミお祭り開催中の椎名さまと雪飛さまに捧げさせて頂きます。
あっもちろん返品可ですので!
煮るなり焼くなり萌えないゴミとして処分するなり、お好きになさって下さいませー!

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