プレゼント

Presented by Suzume


 同級生の深水颯大は、たまにふらりと遊びにくる。
 面白いビデオを借りたからと言ってくることもあれば、宿題が解らないから教えろというときもある。特に理由がないことなどもしばしばだ。
 たまに鬱陶しく思うこともあるが、4人姉弟の末っ子である剣之助にしてみれば、同級生ではあるものの、弟がいたらこんな感じだろうかと思えて、あまり無下に突き放したりはできなかった。
 人懐っこくて少し強引なところもある颯大だが、ある程度の節度を守っているというのも煙たく思わない理由のひとつかもしれない。
 今日も今日とて数学の宿題を教えてくれと剣之助の部屋を訪れた颯大は、部屋の主以上に寛いでいた。
「これ、剣之助の枕?」
 問題が解けなくて飽きたのか、ごろんと横になった颯大が、目敏く部屋の隅に置いてあった枕を見つけて手繰り寄せた。
「すっごいふかふか」
 それは七夕の日にヒトミから貰った枕だ。
 剣之助が買おうかどうしようか迷っていたのを見越したように、彼女がプレゼントしてくれた。
 以来その枕は剣之助のお気に入りで、夜寝るときはもちろん、ちょっと昼寝しようというようなときにもわざわざ寝室から持ってきて使うくらい愛用していた。
「寝心地良さそうだよね。良い夢見られそう。今度貸して」
「駄目だ」
「いいじゃん、ケチ」
「駄目なものは駄目だ」
 とりつく島もない剣之助にピンときたのか、颯大は、
「好きな子から貰ったんだ?」と言い当てた。
「べ、別に、関係ないだろ」
 別に隠し立てするようなことではなかったが、頷いたら誰から貰ったのかの追及が飛んできそうだし、そうなるといろいろうるさそうだから、否定も肯定もせずに突っぱねたつもりだったのだが、
「剣之助って隠し事下手だよね」とあっさり看破されてしまった。
 バツの悪い思いでイライラと頭を掻く彼に、颯大はそれ以上突っ込むことはせず、代わりによいしょっと身を起こしてテーブルに頬杖をついて微笑んだ。
「まぁ好きな子から貰ったものは特別だよね。ボクもヒトミ先輩から貰ったぬいぐるみは特別だもん」
 彼が、剣之助とヒトミの仲をどこまで知っていてこんなことを言うのかは解らない。
 だが、その言い分は的を射ていた。
 あの枕を気に入っているのは、使い勝手が良いというのももちろん大きな理由の一つではあったが、最近ではそれ以上に、ヒトミから貰ったものだということの方がよりウエイトを占めている。
 同じくスポーツタオルのセットなども剣之助にとっては宝物のようなものだった。
 そこで彼はふとあることに気がついた。
 自分はヒトミに、何か形に残るものをプレゼントしたことがあっただろうか……?


「先輩、ちょっといいッスか?」
 翌日、剣之助は5階にある彼女の部屋を訪れた。
「どうしたの? あ、とりあえず上がって?」
 ヒトミは突然の訪問に気を悪くした様子もなく、笑顔で彼を招き入れてくれた。
「橘くんはコーヒーだったよね」
「あ、長居するつもりじゃないから」
 勧められるままソファに腰掛けて、落ち着かない気分で室内を見回した。
 いつもならあれこれと理由をつけては剣之助とヒトミを二人きりにしないよう邪魔してくる鷹士の姿がない。
「あ、お兄ちゃんに用事だった? ごめんね、今ちょっと出掛けてて……」
「いや、用があるのは鷹士さんじゃなくて先輩になんで」
 内心の安堵を悟られないよう慌てて言って、ポケットを探る。
「あの……これ」
 彼が差し出したのは、ヒトミが大好きなヒヨコのキャラクターのぬいぐるみだった。剣之助の手の平にすっぽり収まるくらいの小さなものだ。
「わ、可愛い! これ、どうしたの?」
「あ、その……出かけた帰りにゲーセンに寄ったら、たまたま見かけて。先輩好きそうだなって思ったんスけど」
 出かけたついでにゲーセンに寄ったのは事実だが、たまたま見かけたというのは嘘だった。
 昨日思ったことが引っかかっていて、ヒトミが好きそうなものがないか見て回ったのだ。
「もしかして、貰っていいの?」
「俺が持ってたってしょうがないじゃないッスか」
 照れ隠しのため、ついぶっきらぼうな言い方になってしまったが、ヒトミは全く気にした様子もなく嬉しそうにぬいぐるみを胸に抱き締めた。
「嬉しい。ありがとう!」
 極上の笑顔で言われて、剣之助もつられて微笑んだ。
「先輩が喜んでくれたんなら、俺も嬉しいけど」
「えへへ。大事にするね。あぁでも可愛いから連れて歩きたいなぁ。紐ついてるし、鞄に提げちゃおっかな」
 彼女はうきうきと言いながら、ぬいぐるみのヒヨコに口づけた。
 ヒトミ自身は特に意識してのことではなかったのだろうが、その仕草に思わずドキッとした――自分がキスされたわけでもないのに。
 思わず顔を赤らめた剣之助に気づいて、ヒトミがどことなく悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「あっ、俺、そろそろ帰らないと」
 何となく顔が見られなくて、彼はいとまを告げて立ち上がった。
 彼女は剣之助の様子に特に何か追及することなく、
「お構いもしませんで」と言いながら、玄関までついてきた。
 狼狽えた自分がちょっとバカみたいだと内心でこっそり肩を竦めた剣之助だったが、靴を履くために身を屈めたところで、
「橘くん、わざわざありがとうね」と不意打ちでキスされて、その場で固まってしまった。
 一瞬のことだったのに、唇にはまだ柔らかな感触が残っている。
 ヒトミは微かに頬を染めて、照れくさそうに微笑んだ。
 その笑顔は凶悪なくらいの可愛らしさで、剣之助は自分の理性を総動員させて抱き締めたい衝動を抑える羽目に陥った。
 ここはヒトミの家の玄関だ。いつドアが開いて、鷹士が帰ってくるかわからない。
 だというのに、視線を向ければ、彼女は何か期待しているような目をしてこちらを見ている。
 剣之助は頭を抱えたい気分でドアを開けた。
 視線の片隅には、ちょっとだけ残念そうに表情を曇らせた彼女の顔。
 細く開けたドアの向こうの廊下に誰もいないことを素早く確認し、彼はドアを閉めると同時にヒトミを抱き寄せて噛みつくように口づけた。
 二度三度角度を変えて味わってから、名残惜しい気分でそぅっと唇を離す。
 無意識なのだろうが誘うように見上げてくるのがたまらなく扇情的で、彼は先ほど以上の抑制を強いられた。
「じゃぁ、お邪魔しました」
「あ、うん。ほんとにありがとうね」
 胸にしっかりぬいぐるみを抱いて言うヒトミに手を挙げて、剣之助は彼女の部屋を後にした。
 エレベーターの壁に背を預けながら、彼は目元を和ませた。
 ゲーセンの景品なんかであんな風に喜んでくれるなら、今までももっと何かプレゼントすれば良かった。
 自分がヒトミからのプレゼントを宝物のように感じているように、当面はあのちっぽけなぬいぐるみが彼女の宝物になってくれればいいなと思う。
 そして、今年の彼女の誕生日には絶対に、ケーキの他に何か形に残るものを贈ろうと心に決めたのだった。








オフライン用の原稿を終えて、すっかり橘×ヒトミのスイッチが入りまくってます。
橘くん相手で考えると、なぜかヒトミちゃんが積極的になります。
そして無邪気で無自覚小悪魔な彼女に振り回される橘くんは書いていて本当に楽しく……!
大本命の先生そっちのけで萌えが止まらなくなってます(笑)

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