ささやかな願いごと

Presented by なばり みずき


 商店街の一角に大きな笹が飾られたのは六月の下旬頃だっただろうか。
 毎年恒例なのだそうで、笹のすぐ近くに事務机が設置され、そこにはお菓子か何かの缶に入れられた色とりどりの短冊とペンが置かれている。
 夕飯の買い物にきたヒトミは、足を止めて思い思いに願いごとを書き記している子供達を微笑ましい気分で眺めていた。
「おまえも書いてきたらどうだ?」
 不意に声を掛けられて飛び上がりそうになる。
 振り返った先にいたのは蓮だった。
「一ノ瀬さん……今帰りですか?」
 ドキドキと胸が高鳴っているのは驚いた所為ばかりではない。
 ヒトミはさり気なく自分の胸を押さえて笑顔で訊いた。
 そうしている間にも、願いごとを書き終わった子供達が笹に短冊を吊している。
 親か、あるいは商店街の大人達がそれを手伝ってやっているのを見るともなしに見ていたら、
「今なら空いてるし、何も子供達だけのためのものでもないだろう」
 蓮はヒトミの背中を押すようにそう促した。
 彼の眼差しは慈しむような優しさに満ちていて、それはそれで嬉しい。
 けれど、子供扱いされているようで何となく面白くないのもまた事実である。
「……そんなに物欲しそうな顔してます?」
 ヒトミは思わず唇を尖らせて、斜め上にある恋人の顔を仰ぎ見た。
「物欲しそうというわけではないが……願いごとがあるようには見えたな」
 蓮の言うことは間違いではなかったし、そんな微笑ましいものでも見るような表情で言い当てられたら返す言葉もない。
 ヒトミはこっそり吐息して、彼の腕に自分の腕を絡ませた。
「願いごとはありましたけど、短冊に書いて叶うようなものじゃないからいいんです」
「ほう?」
 相槌というより先を促すようなそれは、もしかすると答えを予測してのことなのかもしれない。
 頭の良い彼は、いつだってヒトミの言いたいことやしたいことを先回りして当ててしまうから。
 悔しいし、いつかはその余裕な態度を崩してやりたいと思うけれど、今の自分ではまだまだ役不足だというのも解っている。
 そして、変な意地を張ってすれ違ったりすることがどれほど馬鹿馬鹿しいかということも。
 だから彼女は素直に自分の願いごとを口にすることにした。
「たまにはこうやって一ノ瀬さんと歩きたいなって思ってたんです」
 ね、短冊に書くほどの願いごとじゃないでしょう?
 そう言って微笑みながら見上げたら、微かに頬を染めて目を瞠っている蓮の表情に出くわした。
 珍しい――あまりにも珍しい恋人の様子に、当のヒトミすら思わず言葉を失ってしまった。
 先に我に返ったのは蓮の方で、彼は照れ隠しのようにふいっと顔を背けて軽く咳払いをした。
 そっぽを向かれてしまったから表情までは見えなかったが、まだ耳が少し赤い。
(願いごと以上のことが叶っちゃったかも)
 ヒトミは胸中でこっそり呟いて、絡めていた腕に力を込めた。
「せっかくですから買い物につきあって下さい」
 覗き込むようにしておねだりすると、蓮はチラリとこちらに視線を向けて、しょうがないなと言うように頷いてくれた。







2日遅れの七夕ネタです(とか言いつつ、七夕当日のネタですらありませんが)
そして久しぶりのラブレボSSはなぜか蓮ヒト(笑)
でも最初に浮かんだのは、実は別ネタ・別カプでした。
余力があれば後日そちらも書ければ…と思います。

原稿の息抜きに書いたのでかなり短めなお話で恐縮ですが
蓮ヒト好きな某お嬢さん方に捧げたいと思います〜(当然ながら返品・受け取り拒否可ですよ)

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