好きと隙

Presented by なばり みずき
illustration by ユズキ様



「ねえ、一ノ瀬さん」
「何だ?」
 可愛い恋人の呼び声に、蓮は思わず緩みそうになる頬を引き締めた。
 悪戯を思いついた子供のような瞳で見上げてくるヒトミは実に可愛らしいが、甘い顔をするとすぐに調子に乗るのが玉に瑕だ。
 振り回されるよりは振り回す方が良いに決まっている。
 だから彼はどんな悪戯を仕掛けられても、決してポーカーフェイスを崩すつもりはなかった。
 だいたい、仕掛ける前からこんな風に『企んでます』という顔をしているのだから、こちらも充分に心構えが出来ようというものだ。
 余裕の表情さえ浮かべて応じた蓮に、ヒトミはにこにこと手招きをする。
 口元に手を寄せているところを見ると、内緒話でもするつもりなのかもしれない。
(内緒話?)
 蓮は浮かんだ考えをすぐさま否定した。
 ヒトミが悪戯を仕掛けようとしているのだとすれば、内緒話に見せかけて大声を出して驚かせるとか、そんなところだろう。
 あるいは愛の告白でもして自分を照れさせようという算段なのかもしれない。
 どちらにせよ、そんな浅慮な企みが見破られないと思っている辺り、何とも可愛らしいものだと内心でほくそ笑み、彼はさも企みに気づいていないような素振りで身を屈めた。
「あのね」
 小声で囁くヒトミに耳を貸してやるフリをする。
 いっそこのまま抱き締めてしまおうか。
 そんな考えが頭をよぎった、まさにその瞬間――
「隙あり!」
 柔らかいものが、頬に、触れた。
「……!」
 それが何か解らないほど、一ノ瀬蓮は野暮な男ではない。
 ゆっくりと離れていく柔らかな感触を名残惜しく思いながら、そっとそちらの方を向く。
 そこには頬を染めて、でもどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべた恋人の顔があった。
「えへへっ」
「やったな……」
 目を細めて小さく呟く。
「やりましたよ。だって、いつも私ばかりドキドキさせられて、不公平じゃないですか。一ノ瀬さんもドキドキしました?」
 無邪気な笑顔でそんな可愛いことを言うなんて誘っているようなものだろう。
「俺は、やられたら倍にしてやり返す主義なんだ」
「えっ?」
「覚悟は良いな?」
 蓮は笑みを深くして、素早く彼女を抱き寄せると、抗う暇も与えずに唇を塞ぐ。
 驚いて固まってしまったヒトミを宥めるように、蓮は愛しい恋人の唇を優しく甘噛みした。
 程なくして唇を離すと、彼女は熟れた果実のような唇を尖らせて、拗ねたようにそっぽを向いてしまった。
 苛めすぎてしまっただろうか。
「ヒトミ?」
「……ずるい」
 小さく洩れた声に、何がだ、というように目で問うと、上目遣いで睨まれた。
 微かに潤んだ瞳、薔薇色に染まった頬、朱く色づいた口唇――どれをとっても誘っているとしか思えない。
「だって、いっつも私ばかり翻弄させられて……たまの反撃くらいいいじゃないですか」
「たまの? おまえ、自覚ないだろう」
 たまにだなんてとんでもない。
 表面こそ何事もない風を装ってはいるが、こちらだってヒトミのふとした仕草や表情にいつもドキドキさせられているのだ。それを思えばこんな反撃くらい全然大したことはない筈だ。
「無自覚って何がですか?」
「さあな」
 自分が体よく振り回されていることを教えてやるほどお人好しではない。
 笑顔ではぐらかした蓮に、ヒトミはさも悔しそうに頬を膨らませている。
「いつか絶対、一ノ瀬さんをドキドキさせてみせるんだから!」
「はいはい、期待しないで待ってるよ」
 そう言った彼の表情は、いい加減見慣れてきたヒトミでさえも蕩けるような代物で、ますます彼女を悔しがらせた。
(いつだって、おまえにはドキドキさせられっ放しだよ)
 蓮が心の裡で呟いた科白を、ヒトミが自身の耳で聞くことになるのは、もう少し先のお話である。








梨菜ちゃんトコの絵チャにて出された宿題。
「ユズキさんが描いた蓮ヒトにを元にSSを書きなさい」というものでした。
原稿の息抜きでお邪魔したはずが、うっかり触発されて即席で書き上げましたよ!
本当は、原稿が落ち着いてからでいいと言われてたんですけど、萌えは熱い内に…ということで(笑)
そんなわけで、元ネタでもあるユズキさんの絵の転載許可を頂いたので、ちゃっかり一緒に展示です♪
ユズキさん、素敵なイラストをありがとうございました!
そして素敵な場を提供してくれた梨菜ちゃんにも感謝です!
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