曇り空の七夕 Presented by なばり みずき
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七夕というのはどうしていつも天気が悪いんだろう。 梅雨の真っ只中にあるのだから仕方がないと言われればそれまでだが、それにしたって七夕の言い伝えを思えば一日くらい晴れてくれても良さそうなのに、お天気の神様は本当に気が利かない。 ヒトミはそんなことを思いながら空を覆う薄雲を睨むように見上げた。 でも、今年は雨が降らなかっただけまだマシかもしれない。雨が降ったら天の川が氾濫して、織姫と彦星の逢瀬は叶わないという話だし。 子供ではないからまさか本気で伝説を信じているわけではないけれど、それでもやっぱり七夕にはちゃんと晴れて、年に一度の恋人達の逢瀬を叶えてあげたいと思ってしまう。 そんなことを言ったら、恋人の若月からはきっとまた子供扱いされてからかうネタにされることだろう。 「なんだ、ずいぶん熱心に見上げてるが、UFOでもいたか?」 麦茶の入ったコップを片手に掛けられた言葉はあまりに的外れなものだった。 ある意味では夢があると言えなくもないが、ロマンティックさの欠片もない。 ヒトミは思わず脱力して年上の恋人を振り返った。 「先生、なんで言うに事欠いてUFOなんですか?」 「なんでって言われてもなあ……。いくら七夕って言っても、この天気じゃ天の川も見えないだろうが」 そうでなくても、この辺りでは街の明かりが邪魔をして天の川なんてよく見えやしない。 そんなのは改めて言われるまでもなく解っている。 でも、それでも敢えてそこに触れてくれればいいのに……。 内心で密かに文句を言いながら唇を噛み締める。 別に機嫌を損ねるほどのことではないのだが、なんとなく面白くない気持ちが拭えなかったから。 そんな彼女の様子に、若月は苦笑しながらコップの中身を飲み干した。 「心優しいヒトミちゃんは、おおかた織姫と彦星が会えた会えないで気を揉んでるんだろうけどな」 彼は笑いを含んだ声音でそう言うと、ポンポンとヒトミの頭を撫でながら自分も窓の外に視線を転じた。 「七夕の日に晴れないのは、織姫と彦星がせっかくの逢瀬を他人に見られたくないからって説もあるんだぞ」 「えっ、そうなんですか!?」 それは初耳だ。 思わず目を丸くして見上げたら、若月は笑いながらおどけるように肩を竦めてみせた。 「ま、伝説なんて所詮人間が作るものだし、都合のいいように改変されたりもするってことだ。オレ様としては、伝説がどうこうってのより、ここで曇ってても世界中のどこかでは晴れてるんだから心配要らねえだろって思うけどな」 悪戯っぽく口の端を持ち上げて紡がれた言葉を反芻する。 どちらの説を支持するかはともかく、そのどちらもが一年に一度しか会えない恋人達の逢瀬は果たされるということに違いない。 こういう時、ヒトミは若月の優しさを実感する。 子供じみた感傷を抱くヒトミに苦笑いしながら、それでも決して馬鹿にしたり彼女の気持ちを無碍にすることなく、いつだってさり気ない優しさで掬い上げてくれるのだ。 「それを聞いたら、なんか安心しました」 素直に笑顔で応えると、若月は表情を和ませて、そっとヒトミの肩を抱き寄せた。 「じゃ、ヒトミちゃんの懸念もなくなったことだし、他所のカップルのことは放っといて、オレ様達も逢瀬を楽しむとするか」 茶化すような言葉とは裏腹に、降ってきたのは甘い口づけ。 そうして二人は、織姫と彦星に倣って情熱的な一夜を過ごしたのだった。 |
4日遅れになってしまいましたが七夕ネタです。 実はネタ自体は当日に浮かんでたものの、ちょっと書ける状態じゃなかったので 「原稿終わってネタ覚えてたら書くか」くらいのつもりだったんですが 出掛けた帰りの電車でふと思い立って、私にしては珍しく携帯でぷちぷち打ち込んで書きました。 (そして書けたところまでメールで自分宛に送信して書き上げた) 先にアップした蓮ヒト同様、原稿の息抜きに書いたのでかなり短めなお話ではありますが 若ヒト好きな某お嬢さん方にひっそり捧げさせて頂きます〜(もちろん返品・受け取り拒否可ですよ) |