彼女の“お兄ちゃん”

Presented by なばり みずき


 バーベキューをするからと夕飯に招待された知明は、旺盛な食欲を披露して望月夫妻を喜ばせた。
 一人娘の婿候補に、と選ばれたくらいだから、当然あんずの両親からは覚えがめでたい知明だったが、兄の草からはあまり快く思われていないようである。
 それは無理からぬことだろう、と自分も妹を持つ身の知明はこっそり思っていた。
 聞くところによると重度のシスコンだという話だし、そうでなくても彼を庇って大事な妹が怪我をしたという経緯もある。諸手を挙げて歓迎しろと言うのは土台無理な話だ。
 庭で一服させてもらっていた知明は、縁側で夜空を見上げている草を見つけて近寄った。
 良いところを見せようとか、ポイントを稼ごうとか、そんな打算は微塵もない。ただ、少し話をしてみたいと思っただけだ。
「君は相当しっかり守っていたようだね」
 苦笑混じりに声を掛けると、彼はほんの少し不快そうな表情をして目を逸らした。
「何のことですか?」
「あんずちゃん」
「…………」
「あれだけ機転が利く娘なのに、こと恋愛に関しては呆れるほどにオクテなんだもんなあ。それは、君がそれだけ彼女に悪い虫が付かないようにしっかり守ってきたってことなんだろう?」
 知明の指摘に、草は挑戦的ともいえる微笑みを浮かべる。
「大事な、妹ですから」
「だろうね」
「シスコンだと笑いますか?」
「別に。君ほどじゃないけど、俺も妹がいるから気持ちは解るよ」
 厭味じゃなく笑うと、草は「敵わないな」とため息を洩らして肩を竦めた。
 おや、思っていたより好感触だ。
 知明は内心で眉を上げながら、ちょっと核心を衝く質問を投げ掛けてみることにした。
「著しい妨害をされないところを見ると、俺はあんずちゃんの恋人として合格なのかな?」
「……それを決めるのは俺じゃないですよ」
「そうかい?」
 あんず自身は知らないことだが、親友の諒子がこっそり耳打ちして寄越した情報によると、草は妹に近寄る『悪い虫』をかなり強固に追い払っていたという。しつこい輩にはそれなりにえげつない手段も使ったらしい。どんなことをしたのかまでは聞かなかったが。
「両親は諸手を挙げてあなたをあんずのパートナーとして認めているし……それに、当のあんずがあなたに夢中なんだから、俺なんかの出る幕はないでしょう」
 淡々と紡がれた言葉は肯定も否定も含んではいなかったが、
「……少なくとも、失格ではないってことかな?」
 たぶんそういうことなのだろうと勝手に判断する。
 草は知明の言葉に軽く肩を竦めてみせた。
「あなたがあんずを泣かせるようなことがあったら、その限りではありませんけどね」
「男女のつきあいなんてものは、多かれ少なかれ傷つけ合う場面もあるもんさ。でも君の『泣かせる』っていうのはそういう意味じゃないんだろう?」
「…………」
「だったら大丈夫だよ。何せ、俺も彼女にはベタ惚れだからね」
 たぶん、君に負けないくらい。
 口には出さなかったが、気持ちは伝わったらしい。
 草は大きく伸びをすると、
「あーあ、これで俺もお役御免か」
 ため息と共にそう吐き出した。
「何を弱気なこと言ってるんだ? 俺と彼女は所詮他人だから別れちまったらそれまでだけど、君が『お兄ちゃん』であることは一生変わらないんだぜ?」
「一之瀬さん……」
「男にとって、最大の恋敵は、案外『彼女の家族』だったりするもんさ」
 軽く背中を叩いてやると、草は初めて知明に年相応の少年らしい笑顔を見せた。
「お兄ちゃん?」
 窓からひょっこり顔を出して、あんずが目を丸くした。
「知明さんも一緒だったの?」
 珍しい取り合わせに首を傾げる妹に、草は晴れやかな笑顔で「ちょっとね」と告げる。
「探してたんだろう? 何か用事か?」
「あ、お母さんが呼んでて……」
「わかった。じゃあ、一之瀬さん」
 ぺこりと会釈をして草は室内に戻っていった。知明はその背に向かって軽く手を振る。
 入れ違いにベランダに出て来たあんずが物問いた気な瞳でこちらを見上げているのに気づいて、
「俺の顔に何かついてる?」
 そらっ惚けてそう訊いた。
「意地悪」
 訊きたいことは解っているはずなのに……というように、彼女は頬を膨らませる。
 しかし、ここで交わした会話はあんずに話す気はない。草だってきっと話さないだろう。
「男同士で親交を深めてただけだよ」
「……まあ、喧嘩してたんじゃないみたいだし、深く追及はしないでおきます」
 まだどこか釈然としない様子ではあるものの、あんずはそれ以上何も言わずに肩を竦めた。その仕草はさっきの草とそっくりで、思わず吹き出してしまった。
「知明さん?」
「いや。君はいい家族を持ったね」
 彼が微笑ましげにそう告げると、あんずは一瞬きょとんとしたものの、
「でしょ。自慢の家族だもん」
 すぐに鮮やかに微笑んで胸を張ってみせた。
「うん、ちょっと羨ましいな」
 知明だって別に自分の家族は嫌いじゃない。寧ろ同世代の連中よりはよほど大切に思っている方だろう。けれど、ここまで密にコミュニケーションが取れているかと問われれば答えは否だ。
 彼の言葉に何を思ったのか、あんずは少し考えて、それから知明のシャツの袖口をキュッと掴んだ。
「知明さんも……」
「ん?」
「知明さんも、自慢の恋人ですよ」
 紡がれた言葉は本当は少し見当違いだったのだけれど、恥ずかしそうに目元を染めて上目遣いで見つめてくるあんずがあんまり可愛かったものだから、そんなことはどうでもよくなってしまった。
「ああ、俺にとってもあんずちゃんは自慢の恋人だよ」
 思わず華奢な肩を抱き寄せて耳元にそっと囁く。
 朱く染まった耳朶が食べてしまいたいくらい可愛らしい。
 いっそこのままキスしてしまおうか。
 そんな知明の胸の裡を見透かしたかのようなタイミングで、サッシがガラガラと音を立てた。
「あんず、母さんがデザート出すから準備手伝いなさいって」
「あ、はーい」
 兄の言葉にあんずが部屋の中へと戻っていく。
 残されたのは男二人。
「知明さんもそろそろ中に入ったらどうですか」
 草はにこやかに微笑って促した。
 牽制のつもりなら詰めが甘いが、ここで敢えて煽るような真似をするつもりはない。
 これが例えば真の意味での恋敵だというのであれば容赦をしてやる気は毛頭ないが、なにせ相手は恋人の大事な『お兄ちゃん』である。ここはせいぜい自分も彼女の『大事な家族』の一員に加えて貰うべく、穏便に済ますが吉だろう。
 知明は草の挑むような視線を気づかないフリで受け流した。
 さて、手強い未来の義兄殿と親睦を深めるには、一体どんな手が効果的だろう?
 それは記者として手強い取材相手から欲しい情報を聞き出す時と似ているかもしれない。
 そう思ったら、何だか笑いが込み上げてきてしまった。
 とりあえず――まずはデザートでも頂きながら、情報収集といきますか。








※無料配布本『天然果汁50% 〜Her Brother〜』より(初出 2005/10/23 トメケットにて発行)

これはトメケットで無料配布させて頂いた本の内容そのままです。
加筆修正などはしていませんので、誤字脱字などがあったとしてもそのままです(笑)
今回はあんまり数を刷らなかったので、早々に公開してしまうことにしました。
ネタ自体はWin版クリアした頃に考えていたものなのですが、書きかけのまま放置してました。
一之瀬×あんずと銘打ちながら、二人の絡みが殆どなかったため、公開する機会を逸してたのでした(苦笑)
やっと陽の目を見せてやることが出来ましたよ。

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