Do you like…?

Presented by なばり みずき


「今日、友達と安くて旨いそば屋に行って来たんだ」
 知明は楽しそうに切り出した。
 蕎麦は量が三段階から選べるとか、ネギと天かすは乗せ放題だとか、トッピングというか副菜というか――そういう物の種類がどれだけ豊富だったかとか。
「コロッケなんかさ、もう草履みたいなサイズで」
 子供のように目を輝かせて、指で楕円形を作ってみせる。
 あんずはそんな彼の話をにこにこ笑って聞いていた。
 そのそば屋は聞くからに美味しそうだ。
 知明は一通りその話を終えると、
「で、また今度行こうってそいつと別れたんだ」
 あっさりそう締めくくった。
(えっ、ちょっと待って、それで終わり?)
 思わず瞬きをして知明を見つめたが、彼の興味はもうすっかり別の話題に移ってしまっていて、そば屋の話なんて微塵も頭に残ってそうにない。
 あんずは軽く唇を尖らせるとこれ見よがしに彼から視線を逸らして溜め息をついた。
 普段はいろいろなことによく気がつく知明だが、肝心なところで鈍い。
「あんずちゃん?」
 にわかに不機嫌になってしまった年下の恋人に、知明は「どうしたの?」というように軽く小首を傾げた。
「さっきのおそば屋さんの話」
 あんずは上目遣いで知明を見上げると、少しふて腐れたように頬杖をついた。
「あれだけ美味しかったを連発しといて、それでおしまいなの?」
「お土産でも欲しかった?」
 見当違いな返答に思わずあんずの肩が落ちる。
 まさか本気で言ってるわけじゃないでしょうね?
 軽く睨むと、彼は困ったように苦笑していた。
「さすがに蕎麦は持って帰ってこられないからなあ」
 そりゃあそうだろう。
 あんずだって伸びたお蕎麦なんて食べたくない。
「そうじゃなくて!」
 どうやら本気で解ってないらしい恋人に、焦れたように声を荒げる。
「そういう時、普通は“今度連れてってあげる”とか、“次は一緒に行こうね”とか言うものじゃない! それなのにそういうの全然ないんだもん。知明さんは女心が解ってない!」
 軽くテーブルを叩いて文句を言うと、彼は「そりゃ俺は男だからね」と見当違いなことを言って苦笑した。
 そういうことを言ってるんじゃなくて!
 ますます苛立つあんずを宥めるように、知明は微笑ってごめんと謝った。
 眼鏡の奥の瞳が優しく細まるのを見て、あんずの気持ちも少し落ち着いてくる。
 別に喧嘩をしたいわけでも、本気で怒っているわけでもないのだ。だからと言って腹立たしい気持ちが完全に収まったわけでもないのだが。
 あんずは軽く息をついて向かいに座る恋人を軽く睨んだ。
「だって、こないだの定食屋さんの時もそうだったじゃない」
 そう、似たようなことは一週間ほど前にもあったのだ。そしてその時も、彼はあんずを誘う素振りなど見せないまま話を切り上げてしまった。
 例えばあんずが友達と美味しいお店を見つけたら、次は絶対に知明と一緒に来ようと思うのに、彼の方はそうじゃないんだろうか。
 そう思うとなんだか無性に悔しい。
 そんなことで愛情を計るのは馬鹿馬鹿しいと思う半面、それでも自分ばかりが彼のことを好きみたいでやりきれない気持ちがムクムクと頭をもたげてくる。
 唇を噛み締めて俯いたあんずに何を思ったのか、知明は小さく吹き出して、それから彼女の頭をあやすように優しく撫でた。
「俺があんずちゃんを誘わなかったのはね、君が気乗りしないんじゃないかなって思ったからなんだけどな」
「どうして?」
「こないだの定食屋も、今日行ったそば屋も、いかにも『サラリーマン御用達』って感じの店だから……あんずちゃんみたいな可愛い女の子は気後れしちゃうんじゃないかと思ったんだ。前に“親父くさい”って笑われたしね」
 彼の言った“前”がいつだったか思い当たって、あんずは「あっ」と言って口元を押さえる。
 あれはまだ知明とこういう関係になる前のことだ。
 怪盗アプリコットとして知明の部屋を訪れた時、好きな食べ物を訊いた彼女は確かにそんなようなことを言った覚えがある。正確には、知明が「親父くさいか?」と訊いたのに対して頷いたのだが、彼にしてみれば同じようなことなのだろう。
「それで、誘ってくれなかったの?」
「だって今また君にそんな風に言われたら、さすがにちょっと傷つくからね」
 あの時は興味本位の相手だったけれど、今は恋人なわけだから。
 そうでなくても10歳の年齢差があってジェネレーションギャップなるものを感じることも多々あるのに、ここで『親父』のレッテルを貼られたりしたらきっと相当なダメージを食らうことになる。
 知明のそんな言い分に、あんずは申し訳ないと思いながらも吹き出してしまった。
「そんなこと言うわけないじゃない」
「本当に?」
「予めそういうお店だって知ってて行くわけだし、第一、知明さんに連れてってもらうんだったらどんなお店でも嬉しいもん」
 それは偽らざる気持ちだった。
 好きな人と行くんならどんなお店だって構わない。
 そりゃあ、お洒落なお店なら尚嬉しいけれど、そんなことで知明を軽視するほど器の小さい女じゃないつもりだ。
 あんずが胸を張って告げると、知明は眩しそうに目を細めた。
「じゃあ、次の休みにでも一緒に行こうか」
 その言葉に、気の早いあんずはトッピングをコロッケにしようかエビ天にしようかと迷い始めて知明を苦笑させた。
 
 斯くして、次の週末のランチは、サラリーマンで賑わう美味しいおそば屋さんに決定した。
 ついでにデートをすることになったのは言うまでもない。








男の人って結構こういうトコありますよね。
女の人の場合は「今度彼と来よう」って思うことが多い気がします。
まあ、人によるのかもしれませんが。
というワケで、微妙に実体験に基づいたお話でした(苦笑)
※このお話は以前なばりみずきの個人サイト『香茶苑』で公開していた作品です(初出 2004/11/02)

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