「好き」

Presented by なばり みずき


「ねえ、知明さん」
「ん?」
「私のこと、好き?」
「ああ、好きだよ」
 軽口のように言葉を舌に乗せると、年下の恋人は拗ねたように頬を膨らませた。
「なんか、心がこもってない」
「そうかい?」
 本心をそう容易く見せていたら有難味がなくなってしまう。
 本気で囁く愛の言葉はとっておきの切り札なのだ。
「そう言うあんずちゃんは?」
 切り返すと、彼女はフッと表情を消して「好きじゃありません」と言った。
 拗ねて、気持ちと裏返しの言葉を言っているわけではない、本気の瞳。
 彼女の言葉が胸の奥にグサリと突き刺さり、一瞬だが軽い目眩を覚えた。
 それでも大人のプライドで平然としたフリをして、
「嫌われちゃったか」とおどけたように肩を竦めてみせる。
 彼女は真剣な面持ちのまま近寄ると、聞き取れないくらい小さな声でポツリと何かを呟いた。
「ごめん、聞こえなかった。もう一度言ってくれる?」
「…………」
「ごめん、もう一度」
 今度は屈んで彼女の口許に耳を近づけると、
「私のは『好き』じゃなくて『愛してる』なの」
 言うが早いか、電光石火の早業で掠めるようにキスされた。
 抱き締める間もなくスルリと腕から抜け出して、彼女は悪戯っぽく微笑んだ。
 その頬が微かに赤く染まっている辺りが、また、初々しくて愛らしい。
「ね、少しはびっくりした?」
 少しなんてもんじゃない。まったく心臓に悪いったらありゃしない。
 不覚にも不意をつかれた俺は、内心の動揺を隠すように眼鏡をそっと押し上げる。
「あんまり大人をからかうなよ」
「知明さんが、子供扱いするからよ」
「はいはい。君には敵いませんよ」
 両手を挙げて降参を宣言する。
 軽く言って誤魔化してはみたものの――本当に、彼女には敵わない。
 せめて今は、ポーカーフェイスの下に隠した鼓動の早さが彼女に見破られないように……と、それを願うばかりである。








なんか、私の書く一之瀬さんってあんずちゃんに振り回されてばかりのような気が ……(滝汗)
信じて貰えないかもしれないですが、これでも一之瀬さんファンなんですよ。いや、マジで。
※このお話は以前なばりみずきの個人サイト『香茶苑』で公開していた作品です(初出 2002/11/20)

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