年末年始 Presented by なばり みずき
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クリスマスを過ぎると、街は途端にお正月ムードだ。 街頭では玄関のお飾りを売る露店が出始め、スーパーやデパートの食料品売り場には所狭しとおせち料理が並べられている。 「知明さんは、お正月はどうするの?」 知明は一人暮らしだから、やっぱり年末年始は帰省したりするのだろうか。そういえば、お盆にも帰っていなかったようだし。 あんずの質問に、知明は「うーん」と低く唸った。 この様子だと決めかねているのかもしれない。 「帰省しないの?」 思わず声が弾んでしまいそうになるのを必死で隠し、努めて興味なさそうに訊く。 そりゃあ、残ってくれたら凄く嬉しい。本当はいつだって一緒にいたいのだ。二人で除夜の鐘を突いたり、初詣に行ったり出来たらいいな、とも思う。 けれど、素直に喜んでしまうのは何となく悔しい。 何とも複雑な乙女心というやつだ。 自分の感情を抜きにして考えるのなら、本当は帰省した方が良いのだろう。一人暮らしなのだから、こういう時くらい顔を見せて安心させてあげた方が良いに決まってる。 知明は、いろいろ葛藤しているあんずをチラリと横目で見て、 「帰った方が良いと思う?」 頬杖をつきながら聞き返してきた。 帰ってほしくはないけれど、こんな訊き方をされてしまったらそうも言えない。 一瞬、わざとだろうかという考えがあんずの頭をよぎった。 しかし、知明のメリットが思い浮かばない。ということは、やっぱりわざとというわけでもないのだろう。 本当に、普段は要らないくらい人の気持ちを先読みするくせに、どうしてこんな時ばかり鈍いんだろう……と、あんずは心の中で舌打ちをした。 「そうですね。お正月くらいは、ご両親に元気な知明さんを見せてあげた方が良いんじゃないですか」 がっかりしてるのを気づかれたくなくて、無理矢理笑顔を作って言う。 言ってしまってから、あんずは激しく後悔した。 もしかして、無理なんかしないで「お正月は一緒に過ごしたいから、帰省しないで」って素直に言えば良かっただろうか――と。 とは言え、一旦口に出してしまった言葉を飲み込むことなど出来るはずもない。 苦い思いで知明を見ると、 「あんずちゃんがそう言うなら、帰るかな」 彼は頬杖をしたままそう言った。 これで、一緒の年末年始は過ごせなくなってしまった。 知明が帰省してしまっては、一緒に除夜の鐘を突きに行くことも、初日の出を拝むことも、元旦に初詣に行くことも叶わない。 (もうっ、肝心なところで女心を全然解ってないんだから!!) これは理解ある恋人のフリをした自分が招いたことで、知明は何も悪くない。 あんずだって、そんなことは重々承知している。 八つ当たりだと解っていても、どうしても収まらなくて、あんずは腹の中で不満をぶちまけた。そうでもしないと消化不良を起こしてしまいそうだったのだ。 自分の気持ちで手一杯だった彼女は、だから気づくことはなかった。 知明が、肩を竦めて苦笑したことは――。 望月家の年越しそばは各人トッピングというか、上に乗せる具が違うのが特徴だ。 あんずはきつねで、草は山菜、一哉は天ぷらを乗せて、あざみはおろしそばで食べる。 食べ終えて、家族四人で見るともなしにテレビを見ているところへ、あんずの携帯に電話が掛かってきた。 「あっ、知明さんだ。もしもし?」 慌てて通話ボタンを押したあんずに、隣でお茶を淹れていたあざみが、 「ちゃんと、今年はお世話になりましたって言うのよ。あと、お母さんがよろしく言ってるって伝えてね」 電話の邪魔にならないよう早口でまくし立てる。 その反対隣――即ちあんずの正面に座っている一哉が「父さんからもな」と付け加えた。 あんずは指でOKの形を作ると、こたつから出て自分の部屋へと引き上げた。 『大丈夫だった?』 「うん、全然。お父さんとお母さんがよろしくって。あと、今年はいろいろお世話になりました」 見えないのはわかっているが、あんずは言いながら頭を下げた。 『いえいえ、こちらこそ。ご両親に、俺からもよろしく言ってたって、後で伝えておいて』 「はい」 頷きながら時計を見る。 年が明けるまであと20分少々だ。この分なら、顔を見ながら隣でとはいかないけれど、一緒に新年を迎えられそうだ。 『それで、ちょっと相談があるんだけど』 「相談?」 『あんずちゃん、今から出られる?』 「はい?」 思いもよらないお誘いに、あんずは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。 だって、知明は帰省しているはずなのに……。 それともギリギリで行くのをやめたのだろうか? あるいは中間地点で待ち合わせとか……? 一瞬でそこまで考えて、 「大丈夫、行かれます」 ほぼ反射的に即答した。 先刻の言動を振り返るまでもなく、あざみも一哉も知明に一目置いている。その上、両親とも、こと恋愛に関しては同じ年頃の子達の親に比べてかなり理解があるのだ。まして今日のような特別な日であれば、出掛けちゃ駄目だなんて絶対に言われない。 『じゃあ、待ってるから支度しておいで。寒いから、暖かくしてね』 言うだけ言うと、知明はあんずに口を差し挟む間も与えず電話を切ってしまった。 待ち合わせ場所すら決めていない。 待ってると言うからには、やっぱり帰省はしないで家にいるのだろうか? 背後の音はあまり聞こえなかったから、駅など人の多い場所ではないのだろう。 今の電話からあんずが推測できたのはせいぜいこの程度だった。 無事に怪盗としてデビューを果たしたとは言っても、あんずはまだまだ駆け出しのひよっ子で、こういう謎解きはまだあまり得意ではない。 とりあえず帰省していないと仮定することにして。 家から知明のマンションまでは少し距離があるが、自転車を飛ばせば年が変わるまでには着けるかもしれない。 あんずは急いで身支度を整えると、パタパタと音を立てて階段を下りた。 「お母さーん、ちょっと出掛けてくるね」 「良いけど……一之瀬さんと会うの?」 「うん」 「そう。じゃあ、夜遅いから気をつけてね」 「はーい」 あんずは玄関先の鏡でもう一度自分の格好を確認する。急いだから気合いの入った服というわけではないが、お気に入りの服であることには違いない。 「じゃあ、行ってきまーす」 ブーツを履いて外に出ると、空気の冷たさに身体が縮まるような気がした。 「寒っ」 あんずは首を竦めて呟いて、弛めに巻いたマフラーをもう少ししっかり巻き直す。 暖かい部屋から出て来たから余計にそう感じるのかもしれないが、それにしても空気が凍りそうな冷え込みだ。天気予報では夜中から明け方にかけて雪になるかもと言っていたが、確かにこの寒さなら不思議はない。 かじかむ手を擦りながら、自転車を出しやすいように門を開ける。 「よう、あんずちゃん」 からかうような声音は間違いなく愛しい恋人のもので――びっくりして顔を上げると、果たしてそこには知明の姿があった。白い息を吐きながらヒラヒラと手を振っている。 「知明さん!?」 「やっぱり今年最後に見るんだったら、親父やお袋の顔より、可愛い恋人の顔の方が良いよなあ」 彼はそう言うと驚くあんずをふわりと抱き締めた。 「んー、あんずちゃん、あったかい」 確かに知明の顔や手は冷たかった。 一体いつからここにいたんだろう? 「もっと早く電話してくれれば、家でおそば御馳走出来たのに」 「何そば?」 「いろいろ」 あんずが指折り数えて自分達家族が食べたそばを挙げると、 「それは残念」 知明は笑って肩を竦めた。 「ずっとここにいたの?」 「まさか。家から歩いてきたんだよ」 家から――と言うことは、やっぱり帰省は取りやめたのか。 嬉しい反面、それはそれで申し訳ないような気もする。別にあんずが責任を感じるようなことではないと解ってはいるのだけれど。 あんずが何か言うより早く、知明はコートの袖をまくって時計を確認した。 「そろそろだな」 「そろそろ?」 「うん、そろそろ年が変わる」 「あ……」 そうか、もうそんな時間なんだ。 話していたら、時間のことなどすっかり忘れてしまっていた。 彼は不意に真顔になって、あんずの身体を抱き寄せる。 「今年は君に出逢って……俺にとっては色んな意味で特別な年になった。いろいろ、ありがとな」 「そんな! 私の方こそ……いろいろありがとうございました」 「来年もよろしく」 「こちらこそ」 微笑みあって、どちらからともなく口唇を重ねる。 この年最後のキスは、触れるだけのソフトなもので。 口唇が離れた瞬間、まるで計ったように知明の腕時計がピピッと無機質な音が響いたものだから、二人は顔を見合わせて吹き出した。 「じゃあ、改めて。あけましておめでとう。今年もよろしく」 「あけましておめでとうございます。こちらこそ、今年もよろしくお願いします」 それから。 二人は再びキスをした。 今年最初の、甘い甘いキスを――。 ところで、二人はこの後、初詣に繰り出した。 道すがら、あんずはさっきから気に掛かっていたことを口にした。 「結局、年末年始は帰省はしなかったんですね。あっ、それとも二日とか三日とかに帰るんですか?」 「……もしかして、あんずちゃん、何か勘違いしてない?」 苦笑しながら言われた科白に、あんずは「えっ?」と小首を傾げる。 「俺の実家はここから歩いて20分くらいのところなんだよ。仕事柄、時間が不規則だから一人暮らししてるけどね。だから『帰省する』って言うような場所じゃないんだよ」 「え……え、ええっ!?」 「ま、確かに盆暮れ正月くらいにしか帰らないけどな」 知明は何でもないことのように、サラリと言ってあんずを見下ろした。その瞳が悪戯に微笑っているのを見て、かあっと顔が赤くなる。 要するに、知明はあんずの勘違いに気づいた上で、勿体ぶった言い方をしていたのだ。 「わ、解ってて言わなかったんですね!?」 「さあね。だって、あんずちゃん、訊かなかっただろう?」 確かに訊かなかった。 訊かなかったけれど……。 「気づいてたんなら教えて下さいっ!!」 とんだ勘違いをして、少しでも「淋しい」なんて思ってしまった自分が恥ずかしい。 でも……正直なところ、嬉しい気持ちもないわけではなくて。 放っておくとまんざらでもない顔になってしまいそうだから、必死の思いで引き締める。 こんな気持ち、知明に気づかれたら絶対からかわれるに決まってるのだ。 知明はそんなあんずを面白そうに眺めていたが、やがて耳許に口を寄せ、 「俺が帰省したと思って淋しかった?」 そう、意地悪く囁いた。 新年早々振り回されているのが悔しくて、あんずは大きく拳を振り上げた。 「もうっ、知明さんなんか知らない!!」 笑いながら逃げる知明に思いっきり舌を出して、プイッとそっぽを向く。 あんずはこっそり心に誓った。 お参りの時には、絶対、こう祈ろう。 『今年こそは、自分が振り回されることなく、知明さんのことを振り回せますように』と。 前半はともかく、後半の願いは既に叶っているのだが――幸か不幸か、当のあんずは知る由もなかった。 二人の新たな一年は、こうして幕を開けたのである。 |
一之瀬さんの実家ネタについてはオリジナル設定ですが、 当時のプラムドの活動拠点が今と同じ南ヶ浜界隈と考えるなら プラムドを追ってた一之瀬氏(父)も近くに住んでるんじゃないかな〜と。 ※このお話は以前なばりみずきの個人サイト『香茶苑』で公開していた作品です(初出 2003/01/03) |