甘い誘惑

Presented by なばり みずき


 怪盗になる前、間食が過ぎるとよくお母さんに怒られた。
 曰く、「怪盗は身の軽さが命」。
 だからジョギングコースの傍らにあるケーキ屋さんは、ある意味で私の天敵だった。
 お店の外にまでふんわりと広がる甘い誘惑に、何度負けそうになったことか……。
 そんな時、思い出すのはお母さんの怖い顔じゃなくて、お兄ちゃんの優しい笑顔。
 1個くらいなら大目に見てくれるけど、次の1個に手が伸びそうになると、
「あんず、太るぞ」
 いつもあの独特の笑顔で釘を差してくれていた。


 ところで、無事怪盗になれた私は、相変わらず甘い物の誘惑と戦っている。
 新しく出来たケーキ屋さんの前で思わず立ち止まった私に、
「太るぞ」
 知明さんが苦笑を交えながら止めてくれた。
 これは、私が知明さんにお願いしたこと。
 怪盗アプリコットのパートナーとして、誘惑に負けそうな私を止めてね――って。
 でもやっぱりお兄ちゃんとは勝手が違う所為か、自分でお願いしたことなのに、言われる度にちょっとズキッとくる。
 その痛みすら、最初はブレーキになると思ったのだけれど……。
「…………まあ、1個くらいなら、大丈夫かな」
 また、知らず知らずの内に、恨みがましい瞳で見てしまっていたらしい。
 知明さんは「しょうがないな」って風に私の頭をポンと軽く叩くと、お店に入っていってしまった。
 ケーキが食べられるのは嬉しいけど、私はちょっと複雑な気分だ。
 どうやら知明さんは、ケーキと同じくらい私に甘いらしい。
 自制が必要なのは、もしかすると、私よりも彼の方なのかもしれない。


 その日、夕方のトレーニングはケーキの分だけキツめにした。
 止めきれなかった罪悪感からか、今日は知明さんもつき合ってくれている。
 体力差があるから、もちろん一之瀬さんは自転車でだけど。
 運動量はハードになっちゃったけど、一人で走るよりずっと楽しいし。
 とりあえず、+−ゼロってコトで、今日のところは良しとしますか。








我慢は身体に毒です。
だから1個くらいならお母さんもお兄ちゃんも許可してたはず。
尤も、一之瀬さんの場合、甘やかすのも駆け引きのような気が…(笑)
※このお話は以前なばりみずきの個人サイト『香茶苑』で公開していた作品です(初出 2002/11/01)

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