男の手料理 Presented by なばり みずき
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「美味しい!」 料理を口にしたあんずが本当に美味しそうに瞳を輝かせたのを見て、知明は胸を撫で下ろしつつ笑みを浮かべた。 久しぶりの料理だが、思っていたほど腕はなまっていなかったらしい。 一人暮らしは長いから多少なりと料理は出来る。 ただ、仕事にかまけてここ数年はちっとも腕をふるっていなかったが。 「知明さんがこんなに料理上手だったなんて……なんか意外」 「そうかい?」 誉められれば悪い気はしない。 知明は満更でもない気分で自分も皿に箸を伸ばした。 絶品と言うにはお粗末だが、素人の独身男性の料理としては、まあ上出来の部類には入るだろう。 「でも、こんなに料理が上手なら、奥さん要らなそうですよね」 どこか口惜しげに唇を尖らせてあんずが洩らす。 彼女は、怪盗の修行は順調に終えてデビューに漕ぎ着けたものの、料理の腕はまだまだ修行中の身だ。 聞くところによると家庭科の成績は芳しくないらしい。 「こういうのは慣れだからな。せいぜい俺のためにいっぱい料理して、うんと上達してくれよ」 発破を掛けるつもりで言った知明に、あんずは不満げに低く唸った。 「だって、知明さんがこんなに美味しいのを作れるなら、私が頑張らなくてもいいじゃない」 「そういう問題じゃないだろう」 「じゃあ、いっそのこと、夫婦逆転ってのはどう? 知明さんが主夫になって、私が養うの」 一体どこまで本気なんだか、彼女はさも名案だと言わんばかりに人差し指を突きつけてくる。 「おいおい、勘弁してくれよ」 苦笑して肩を落とすと、彼女はカラカラと笑ってみせた。 「まあね、料理が上達する最大の近道は、好きな人に食べて貰うためって頑張るのが一番だってお母さんも言ってたし……知明さんに負けないくらい美味しいご飯を作れるようになるからね」 あんずはそう言って頬を染めて微笑むと、 「だから、その時はちゃんとお嫁に貰ってね」 照れくさそうにそう付け加えた。 気恥ずかしげな様子が何とも初々しくて、知明は思わず目元を和ませた。 「もし料理の腕が上がらなかったとしても、俺は間違いなく君に結婚を申し込むけどね。でも、俺のために料理の腕を上げてくれるって言うのは嬉しいな」 傍で誰かが聞いていたら、たとえ空腹が満たされていなくても「ごちそうさま」と箸を置くことだろう。 けれど、ここにはそんな無粋な人間はいない。 そうして、二人は心ゆくまで楽しいディナーを楽しんだ。 怪盗とそのパートナーとしてではなく、ごく普通の恋人として。 |
これはWeb拍手の御礼用掌編としてアップしていました。 この話を読んだ友人から「なばりさんって料理の上手な男の人が好きなの?」と言われました。 指摘されるまで全く気づかなかったんですが、どうやらそういう傾向はあるようです(笑) |