Best Friend

Presented by Suzume

「日向先生」
 卒業オーディションが終わり、会場を後にしようとしていた龍也は自分を呼ぶ声に足を止めた。
 振り返れば、そこには一人の少女の姿があった。
 ステージ衣装に身を包み、赤味がかった長髪を華やかに結い上げたままだったが、その顔には見覚えがある。今回の卒業オーディションで優秀な成績を修め、見事準所属の地位を勝ち得たAクラスの生徒――渋谷友千香だ。
 歌はもちろん、舞台度胸もパフォーマンスも堂に入っていて、今年度のアイドルコースの女子の中ではかなりの有望株だったなと頭の中のデータを復習いながら、
「何だ、渋谷か。どうした?」と応じた。
 授業で個人レッスンをしてやったこともあるが、直接自分が受け持った生徒ではないから接点は殆どないに等しく、こうして呼び止められるような心当たりはない。
 これが林檎ならば話は別だろう。担任の教師に礼を言うためにわざわざ待っている律儀な生徒というのはこれまでにも何人か存在した。
 訝しく問うた彼の前で、渋谷は意を決したように大きく息を吸い込み、勢いよく頭を下げた。
「日向先生、ありがとうございました!」
 面食らったのは龍也の方だ。
 自分のクラスの教え子ならともかく、大して接点のない生徒からこんな風に礼を言われるなど予想もしていない。
「お、おい、渋谷?」
 呆気に取られつつ声をかければ、彼女は眦にうっすら涙を浮かべて、晴れやかな笑顔でこちらを見上げてきた。
「春歌のこと、先生が道を繋いでくれたって聞いて……嬉しくて」
「春歌……七海か」
 そういえば、この渋谷友千香と七海春歌は寮でルームメイトだったな、と遅ればせながら思い至った。
 クラスではあまり馴染めなかった七海だが、ルームメイトには恵まれたらしく、何かにつけて話題に出していたことも合わせて思い出す。
 パートナー不在のまま、不利を承知で卒業オーディションに挑んだ彼女は、前例のない単独での最優秀作曲賞を受賞するという快挙を成し遂げたが、それでも点数及ばず準所属にはなれなかった。
 あれだけの才能をここで終わりにしてしまうのはあまりに惜しい。
 だから、龍也は七海に対して半ば博打のような提案をして、掬い上げるべく手を差し伸べた。幸いSクラスでもトップクラスの実力を誇る一ノ瀬や神宮寺、来栖などが協力を申し出たことで、彼が提示した案はだいぶ現実味を帯びたはしたものの、それが実を結ぶかどうかはあくまで今後の七海本人の努力と才能と運に賭けるより他ない。
「春歌が準所属合格者に入ってなかったこと、どうしても納得できなくて。だってあの子、あんなに頑張って、結果だって出したのに。でも、さっき春歌から日向先生のこと聞いて……私、居ても立ってもいられなくて。どうしても先生にお礼が言いたくて来たんです。だから、ありがとうございました!」
 渋谷はもう一度そう言って、身体を二つに折るように頭を下げた。
 一ノ瀬達といい、この渋谷といい、なんと胸の熱くなる友情だろうか。
「あいつは良い友人に恵まれたようだな」
 そんな言葉が思わず口を突いて出た。
「七海の才能は、一年ずっと指導してきた俺もよく知ってる。才能だけじゃない。根気もあるし、あのちっこい身体で誰よりもがむしゃらに努力してきた。こんなところで埋もれさせていい人材じゃねーだろ。そういう奴だから、俺も賭けてみたいと思った。ただそれだけのことだ」
 龍也は何でもないことのようにそう言って、目の前で涙を滲ませている女生徒にハンカチを差し出した。
「そんな顔して戻ったら七海が心配すんだろ。これから打ち上げとかもあるんだろうし、ちゃんとメイク直して戻れよ。っと、それから、羽目は外しすぎんようにな」
 最後に教師らしく釘を差して、あとは振り返りもせずに踵を返す。
「先生、ありがとうございます!」
 背中にもう一度かけられた声は、清々しい風のように彼の心を駆け抜けていった。

 才能豊かな可愛い教え子は、これから一体どんな曲を育むのだろう。
 育て甲斐のありそうな少女の笑顔を思い浮かべながら、龍也は軽い足取りで歩き出した。 








少し前に書いた小ネタをサルベージしました。
龍春前提とかいいつつ春歌たん出てこなくてすみません。
女の子同士の友情が大好物過ぎて!!
最初は拍手御礼用にしようと考えていたんですが
それはそれでまた改めて何か練ればいいやーと更新したい欲望を優先した次第です。

あっカップリング表記やタグが面倒なので、これはぴくしぶにはアップしません。

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