ハロウィンの雨

Presented by Suzume

「もうすぐハロウィンですね」
「そうだな。お前、魔女の仮装とかしたらいいんじゃないか? 似合いそうだし」
「トリック・オア・トリートって言って翔くんのお部屋を訪ねるんですね」
 無邪気に笑う春歌を見ていたらなんだか悪戯心が湧いてきて、翔は絹糸のような髪に指を絡ませ、
「それで俺がお菓子やらなかったらさ、お前、どんな悪戯してくれんの?」と囁くように聞いた。
 半ば予想していた通り、彼女は大きな目をこぼれんばかりに見開いて固まってしまった。頬をほんのり朱に染め、困ったように視線を泳がせている様は、こちらの嗜虐心をますます刺激した。その心理はまるで好きな子に意地悪をする小学生男子のそれだ。
 翔はくすりと笑いながら、言葉を探して開閉を繰り返している桜色の唇にもう一方の指でそぅっと触れた。
「俺、お前になら悪戯されてもいいぜ」
 先ほどより更に声を潜め、指の先で柔らかな唇の表面をなぞる。
 震える吐息から、春歌がどれくらいドキドキしているかが伝わってくるようだ。
「いっ、悪戯と言われましても……」
 声を裏返らせてそう言った彼女は、唐突に唇に触れていた翔の手を取ってきゅっと握り締めた。
 その意を決したような表情と勢いに飲まれて、こちらの鼓動も大きく跳ねた。
「おっ……」
「お?」
 ごくりと唾を飲み込んで続く言葉を待っていたら、
「お、お菓子を頂けなくても、わたしは翔くんを困らせるようなことなんかしませんから大丈夫です!」と、春歌は握り締める手に力を込めて、真っ赤になりながら力説した。
「……ぷっ! くっ……ははははははっ!」
 翔は堪えきれずに吹き出して、そのまま身体を二つに折って盛大に笑った。
 必死な顔をして何を言い出すかと思えば――まさかこの場面でこんなとんちんかんな切り返しがくるとは思わなかった。予想の斜め上とはまさにこのことだ。
 しかし、その少しずれたところがたまらなく可愛くて愛おしい。
「え? し、翔くん!?」
「お前、やっぱサイコー!」
 言いながら、おろおろして目を白黒させている恋人の華奢な身体を思いきり抱き寄せた。その勢いのまま抱き締めて、頬に音を立ててキスをする。
「っ!!」
「トリック・オア・トリートって言うのは俺の方だな。で、当日はお前にこんな悪戯いっぱい仕掛けてやるから、覚悟しとけよ」
 冗談めかして言った彼に、春歌はようやく先ほどの翔の言葉の意図を察したらしい。赤かった頬が更に色を増して顔を俯けてしまった。
「……ます」
「ん?」
「そんなにいっぱいされたらドキドキしすぎて心臓が壊れてしまうので、お菓子を用意しておきます……」
 消え入りそうな声でそんな可愛いことを言われたら、冗談で済ませられなくなってしまうではないか。
 翔は苦笑して、それから彼女の白い額に自分の額を押し当てた。
「そしたら……お前が用意した菓子以上に、何度だって言ってやるよ。トリック・オア・トリートって。そんで、必ずお前にキスしてやる。俺様にキスされるのが嫌じゃないんなら甘んじて受けやがれ」
 至近距離で見つめ合いながら宣戦布告した彼は、返事を待たずに春歌の唇に口づけた。

 今年のハロウィンの天気予報は晴れ。
 けれど、彼らの部屋にはきっとキスの雨が降るに違いない。








※Pixiv、個人サイトにアップしたものを転載(初出 2011/10/26)
桃瀬嬢の誕生祝いにと突発的な勢いで書いた翔春でした。
時季的なこともあって思い付いたのがハロウィンネタだったという……(安易)

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