悪戯はほどほどに

Presented by Suzume

 それは、とある夜のこと。

 この日は仕事も比較的早く終わり、二人は龍也の部屋で久しぶりに一緒の夕飯を摂っていた。
 気の置けない相手と他愛ない雑談を交えながらの食事というのは実に楽しく、彼の気持ちを少しばかり昂揚させた。
 おまけに彼女の手料理はどれもこれも非常に美味しく、ついつい箸も進んでしまうというものだ。
 そうして和やかな雰囲気でそろそろ食べ終わるかという頃合で、ふと春歌が手を止めた。
「先生、あの……ほっぺたにご飯粒がついてます」
「げっ、まじか? どこだ?」
 そんなにがっついて食べたつもりはなかったのだが、美味さにつられてつい行儀が悪くなってしまっていたのかもしれない。
 いい年した大人が恥ずかしい、と照れ隠しに呟きながら龍也は自分の頬に手を当てた。しかし口の周りや頬の辺りをなぞってみても求める感触には行き合わない。
「あっあの、そちら側じゃなくて……」
 言いながら、不意に彼女が腰を浮かせて手を伸ばしてきた。口で説明するよりも自分が行動に移した方が早いと思ったのだろう。
 ほっそりした指先が頬を掠めた瞬間、殆ど反射的にその華奢な手首を掴んでいた。
「先せ……」
 こちらの突然の行為によほど驚いたのだろう。目を見開いて固まってしまった彼女の表情に悪戯心をくすぐられた龍也は、そのまま手首を口元まで引き寄せて、白い指先抓んでいた飯粒を舌先でぺろりと舐め取った。
「ひぁっ……、せせせせ先生!?」
 途端に春歌は素っ頓狂な声を上げ、金縛りから解けたように力いっぱい腕を引っ込めた。そしてそれまで彼が触れていた手首ごと、まるでこちらの目から隠すかのように胸元に抱え込んでしまった。
 こういった場面における彼女の過剰反応はいつものことだが、ここまであからさまに拒絶めいた態度を取られてはさすがに少しばかり傷付くというものだ。
「お前……何もそこまで嫌がることはねーだろ」
 自分の行いを棚に上げ、龍也はその端整な面貌に苦い笑みを浮かべてそう言った。
 責めるような口調にならないよう細心の注意を払ったが、それでも口調に拗ねたような響きが滲んでしまったのは否めない。
 テーブルの向こう側では春歌が自らの手を胸元に抱いたまま顔を俯けてしまっている。表情こそ髪に隠れて見えないが、茹だったように赤くなっているのだけは見てとれて、彼は微かに嘆息した。
 これ以上何か言ったら、真面目な彼女が必要以上に気にしてしまうのは一目瞭然だ。
 ほんの些細な悪戯のつもりだったのだが、初なこの少女には刺激が強すぎてしまったらしい。そして今回の件は完全にその見極めを付けられなかったこちらの落ち度だ。たとえ龍也が彼女の過剰反応にざっくり傷付いたとしてもそれはあくまで自業自得であって、春歌が気にする謂われなどどこにもない。
「……悪ふざけが過ぎたな、悪かった」
 極力普段通りの態度を心がけ、その手をいつもしているように彼女の頭へ、ぽんっ、と乗せた。
 その瞬間、思ってもみなかった反撃が来た。
 やおら顔を上げた春歌が彼の手首を両手で掴んだのだ。そして、こちらが虚を突かれている間にその手は彼女の口元へと引き寄せられた。
「春歌!? お前、何、をっ……」
 声が上擦ってしまったのは驚きのせいばかりとはとても言い切れない。
 不意に指先へ柔らかく温かなものが触れたのだ。
 真っ赤な顔をして、伏した瞼の下から潤んだ瞳で見詰められ、あまつさえピンク色の舌先が自分の指先に触れているという視覚効果も相俟って、龍也は一気に血が逆流したかのような心地を味わった。
 時間にして、せいぜい数秒といったところではあったが、この破壊力は凄まじいものがあった。何を破壊されたかは言わずもがなだ。
「……さ、さっきのお返しです。先生だって、いきなりこんなことされたらびっくりするでしょう?」
 初な春歌がこういう行動を取るのにどれだけ勇気を振り絞ったかは、そのぎこちない笑顔から充分に察せられた。
 先ほどの龍也の拗ねたような言葉を受けて、彼女なりに場を解そうと頑張ってくれたのだというその心意気もまた十二分に伝わってきた。
 しかし、こんな挑発をされて踏み留まってやれるほど大人になりきれない自分がいるのもまた事実だ。
 それに――。
「大人の男をその気にさせちまうとどうなるか、そこんとこもしっかり教えてやらないと後々厄介の種を蒔きかねねーからな」
 彼は密やかに独白して口の端を持ち上げ、何気ない風を装ってネクタイを緩めた。

 数日後、Sクラスの友人達と食事を摂っていた春歌が翔の頬にパン屑がついているのを指摘した際、なぜか真っ赤になってそのことを指摘した彼女が逃げるようにその場から立ち去って彼らを不思議がらせることになるのだが、それはまた別のお話。








ついったの診断メーカー「カプ妄想語ったー」を龍春でやってみたら
「【龍春語り】相手のほっぺに食べかすがついているのを見つけた時の対応について語りましょう。」
という結果が出ました。
最初はついった上で小ネタ的に語ろうかと思ったんですが、
メモ代わりに書き始めたところ気が付いたらこんなことになってしまったという……(笑)

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