ポッキーゲーム

Presented by Suzume

「り、龍也さん! ポッキーゲームをしませんか!?」
 春歌が突然そんなことを言い出したものだから、龍也は危うく飲んでいたコーヒーをその場にぶちまけそうになった。
 訝しんで目をやれば、彼女は頬を真っ赤に染めて、どこか思いつめたような表情をしていた。
 考えるまでもなく、誰かに何か要らぬ入れ知恵をされたのは間違いない。それも恐らくからかいを含んだ少々質の悪いものに違いない。
 誰に何を吹き込まれたのかは後でじっくり問い質すことにして、彼はオフィスチェアを回転させて身体ごと春歌に向き直った。
「お前、ポッキーゲームがどんなものか知ってて言ってるか?」
 念のためそう確認すれば、彼女はそれまで以上に顔を赤くして、こくんっ、と頷いた。
「ふ、二人で端からポッキーを食べ合うんですよね?」
「そうだ。で、先に口を離した方が負けだ」
 そして、どちらも退かずにそのまま食べ進んでいけばキスをすることになるという寸法だ。
 これだけ赤面しているということは、そこまで理解した上で言っているのだろう。
 恥ずかしがり屋のこの可愛い恋人が、一体どんな口車に乗せられてその気になったというのか。
 乗せたのは口の巧い林檎か嶺二か、それとも神宮寺辺りだろうか。
 興味深く考え込んでいる内に、春歌はバッグからチョコレートでコーティングされたポッキーを取り出し、持ち手になるプレッツェル部分を咥えて先端をこちらに向けて寄越した。
「ろうりょ」
 たぶん「どうぞ」と言っているのだろう。
 立ったまま少し身を屈めてきた彼女の顔が至近距離まで接近した。
 朱く染まった頬に潤んだ眸、窄められた唇に咥えられたポッキー――本人にその気があるかどうかはともかく、この状況は明らかな誘惑だ。龍也としては理性を試されているような気がしてならない。
 もしかしたら春歌を唆した張本人はこの様子をどこかで面白がって見物しているのかもしれない。
 面白半分の下らない企みに乗ってやるのは癪だが、だからといって勇気を持って臨んでくれた可愛い恋人に恥を掻かせるなどというのは言語道断だ。
 龍也は意を決して一つ息を吐き、熱を持った少女の頬を両手で包み込んだ。
「じゃぁ、いくぞ」
 宣言して、彼は一気に1/3ほどまで食べた。
 唇の距離は5センチあるかないかといったところだろうか。
 もしかしたら恥ずかしさに負けた春歌がそのまま折ってしまうかもしれないなと思っていたら、彼女は僅かに眼を伏せながら龍也の肩に手を添えて、控えめに距離を詰めてきた。
 今やポッキーの残りは2〜3センチほどで、鼻先が触れ合うほどの近さだ。
 ポッキーを咥えている唇から微かに漏れた吐息がこちらの唇に触れて少し擽ったい。
 こんな、吐息が触れ合うほどの距離にいながらキスをしないなど焦らされているのも同じことだ。
 龍也は溜まらなくなって、ポッキーの存在などお構いなしに恋人の唇に自らのそれを重ね合わせた。
 キスをしたまま残ったポッキーを雑に噛み砕いて飲み込み、微かにチョコレートの香りがする甘い唇を貪るように味わった。
 どこで誰が見ていようと構うものか。ここは龍也のオフィス兼私室で、部外者はおいそれと入って来られないのだ。見咎める者がいたとしても関係者に違いないし、それがこの件を画策した者だとしたらいっそ思いっきり見せ付けてやればいい。
「っん……!」
 思わず漏れてしまったのだろう。恋人の甘い声に益々駆り立てられた彼は、春歌の細腰を抱き寄せて自らの膝の上に座らせた。そうして加減も何もかなぐり捨てて、気が済むまで官能的な口吻けを愛しい少女に与え続けた。

 それから暫く後。
 すっかり腰砕けになってしまった春歌が、龍也の膝の上で所在なげに視線を落としてしまったのを見て、流石にやりすぎたかと罪悪感がむくむくと頭を擡げてきた。
「その……悪い」
 歯切れ悪く謝罪すれば、春歌は慌てたように首を振って、
「いえ……わたしこそお見苦しいところをお見せしてしまって……すみません……」と、逆に謝り返してきた。
「いや、お前が謝ることじゃねーだろ。大体、こんなこと言い出したのだって誰かに唆されたからなんだろうし。お前は何も悪くねーよ。悪いのは間違いなく、それを承知で悪ノリしすぎた俺の方だ」
「唆され……え?」
 ぱちぱちと瞬きをしながら、春歌は何を言われたのか解りませんといった風に小首を傾げた。
「え? だって、お前が突然ポッキーゲームしたいって言い出したのは、林檎か嶺二か神宮寺辺りに焚き付けられたか何かしたからなんだろ?」
 当然そのつもりでそう問うた龍也に、彼女がはっとしたように目を見開いて、再び頬を朱に染めた。
 それから、改めて自分の置かれた状況を思い出したかのようにこちらの膝から飛び降りて、がばっとその場で頭を下げた。
「すすすすすみません! お仕事中の龍也さんに変なことを言ってしまって!!」
「え!? 急にどうした!?」
「11月11日はポッキーの日で、恋人同士はその日中にポッキーゲームをしないと別れてしまうと言うジンクスがあるのだとネットで見かけたもので、そのまま勢いで来てしまったと言いますか……だから月宮先生も寿先輩も神宮寺さんも決して関係なくて……!! おおおおおお仕事の邪魔をしてしまってすみませんでしたっ!!!」
 捲し立てるようにそう言った春歌は、そのまま脱兎の如く逃げようとした。
 しかし彼女のその目論見は三歩と行かずにあっさり潰えた――後ろから抱き竦めた龍也の手によって。
「つまり、お前を唆したのはネットのデマってわけだな」
「す、すみません……わたしがそそっかしくちゃんと確認しなかったばかりに……」
「いや、言っただろ、俺はお前が唆されてるのを承知の上で乗ったんだぜ? お前が謝ることなんて何一つねーよ。だが、唆した相手があいつらじゃねーってなら、せっかく春歌が恥ずかしいの我慢してまで誘ってくれたんだから、きっちり応えてやらねーとな?」
 そう耳元で甘く囁いた彼は、尚も申し訳なさそうに身を縮めている恋人の頤に手を当てて上向かせ、チョコレートよりも甘いキスの雨を降らせた。
 ネットでそんな下らないデマを書いてくれたどこの誰とも知らない相手にこっそり感謝しながら。








※ぷらいべったーにアップしたものを転載(初出 2014/11/11)
11月11日はポッキー&プリッツの日!
ポッキーと言えばポッキーゲーム!!
そんなわけでして、龍春deポッキーゲームなネタを勢い任せに書き殴ったのでした。
当日ぷらいべったーについったのフォロワーさん限定で公開していたもののサルベージ品になります。

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