寒い夜の過ごし方

Presented by なばり みずき


 秋も深まってきたある夜のこと。
 天気予報によると、明日の朝は今シーズン一番の冷え込みになるだろうとのことで、お天気キャスターやアナウンサーなどが「今夜は温かくしてお休み下さい」と頻りに繰り返している。
 なるほど、夜が深まるにつれ気温はぐんぐん下がっているらしく、どこからか忍び込んできた冷気によって春歌はぶるりと身を震わせた。
 暖房を入れるほどではないが、ラグの上に座っているだけでは少し寒い。
 一人で過ごしている時ならば膝掛けか何かを持ってくるところだが、多忙の合間を縫って立ち寄ってくれた恋人とたったひとときでも離れるのは惜しまれる。人に言ったら笑われてしまうかもしれないが、こうして一緒に過ごす時間は春歌にとってそのくらい稀少で大切なものなのだ。
(それに、くっついてるところは暖かいですし)
 寄り添ったままテレビを見つめる横顔を盗み見て、その端整な横顔に胸の奥が小さく疼いた。
 触れ合った場所から伝わってくる仄かな熱はこの上なく幸せだというのに――もっとくっついていたいと思うのは欲張りすぎるだろうか。
 そんなことをぼんやり考えていると、視線に気づいたのだろう、龍也が引かれたようにこちらに顔を向けてきた。
「どうした? さっきからぼーっとしてるみたいだが、疲れたか?」
「い、いえ、そんなことないです! 元気です!」
 労るような声に慌ててかぶりを振ってみせたものの、龍也は半信半疑な様子を崩さない。それどころか、誤魔化されないぞというようにじっと覗き込んでくる。熱い瞳に捉えられ、心の奥まで見透かされそうだ。
「もしかして悩み事か何かか? 沈んでるわけじゃなさそうだが……俺に何か言いたいことがあるなら遠慮すんなよ」
 彼は気遣いを含んだ声音で言うと、眼差しを緩めて春歌の頭を優しく撫でてくれた。
 たぶん、それで気が弛んでしまったのだと思う。
「あの、龍也さん、お願いがあるんですが……」
 殆ど意識しないまま、そんな言葉がつるりと唇から飛び出してしまった。
「おまえがそんなこと言うなんて珍しいな。なんだ?」
 途端に破顔して返された科白に、我に返った春歌は至極狼狽えた。
「え、あ、えっと、今のはちょっと口が滑っただけで!」
 慌てて言い繕おうとするも、時すでに遅しである。
 龍也はますます興味を惹かれた様子で、
「何だよ、言い掛けてやめんなって。気になるだろ。ほら、言えよ」
 とにじり寄ってくる。
 別に困らせるような願いでもないし、言ってしまっても問題はない――はずだ。
 頭ではそう思うのに、何にも勝る気恥ずかしさに邪魔されて、とてもその願い事を口にする勇気は持てそうにない。
 春歌に出来るのは詰められた距離の分だけ後退って、か細い声で「大したことじゃないので」と言うくらいのことだ。
 しかし龍也はそんな言で納得してくれる気は毛頭ないらしく、尚も距離を詰めると、これ以上は逃がさないとばかりに春歌の二の腕を掴んで引き寄せた。
 腕の中に抱き竦められるような格好で、至近距離からさっきよりも熱の籠もった眼差しに射られる。
 最初の願いはもう叶ってしまった。
 春歌が望んでいたのは腕と腕が触れあう程度に寄り添っているだけではなく、こうしてぎゅっと抱きしめてほしいというものだったのだから。
 それをどう説明しようか言葉を探していると、龍也は焦れたように小さく舌打ちをした。
「言わねーってんなら無理矢理白状させっぞ? いいのか?」
「え、あ、あの……んッ」
 言葉を紡ぎ終えるより早く、性急に唇を塞がれた。
 情熱的なキスは、まるで答えなんて最初から聞く気はなかったのではないかと思うほどだ。洩れる吐息すらも逃さないというように激しく貪られ、このまま身も心も蕩けてしまうのではないかという錯覚に襲われる。
 長い長い口づけが止んだのは、春歌が完全に骨抜きにされた頃だった。
「はぁ……どうだ? これで白状する気になったか? まだ足りないって言うつもりなら白状する気になるまで続けてもいいんだぜ?」
 腰の据わらなくなった身体を抱きかかえながら、得意げに口の端を吊り上げている龍也は男の色気全開で、盗み見た眼差しの奥には情火がちらちら燃えている。ウブな春歌にも彼がその先の展開を望んでいるのだということが窺えた。
 龍也に触れられるのはやぶさかではない。それどころか春歌自身も望んでいることだ――恥ずかしくて、自らの口でそれを告げることには未だ抵抗があるけれど。
 春歌は微かに目元を染めて、俯きながら彼の胸元へぴたりと己の頭をすり寄せた。
 今の自分にはこうして甘えてみせるのが精一杯で、こうすることで自分も同じ気持ちだと伝わってくれますようにと願うしか出来ない。
「足りないとかじゃなくて……もう叶ってしまいました」
「ん? どういうことだ?」
「寒いのでぎゅってしてて下さいってお願いしようと思ったんですが……」
 その願いは既に叶えられてしまっている。それどころか、別に意味でも身体が火照ってしまっているくらいだ。
 微かに落ちた沈黙に春歌が恐る恐る目を上げると、龍也は困ったような、それでいてどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
 ぴったりと寄り添った胸元から聞こえてくる普段より少し速い鼓動に勇気をもらう。
「あの、龍也さん、もしよろしければ……」
 もう少し暖めてほしいです、と蚊の鳴くような声で告げると、龍也は抱きしめる腕に力を込めて、春歌のこめかみにチュッと音を立ててキスをした。
「なるほど。惚れた女からそんな可愛いおねだりされたら、男として応えねーわけにはいかねーよな。まずは二人でゆっくり風呂にでも入って、それから望み通りたっぷり暖めててやるよ――ベッドの中でな」
 耳許へ甘く囁いた彼は、テレビを消すと、真っ赤になった春歌を抱き上げ軽やかな足取りでバスルームへと向かった。

 こうして、今シーズン一番の冷え込みとなった夜、仲睦まじい恋人達は最高に甘くホットな夜を過ごしたのだった。








寒かったので、春歌ちゃんに龍也さんで暖を取ってもらうことにしました(笑)
最初はツイッターで会話だけ投下したものの、恥ずかしさと居たたまれさに耐えかねすぐ削除したのでした。
でも、せっかくだし…と思い直し、サルベージして、地の文やら会話やらを膨らませて形にしてみた次第です。
二人のラブラブな熱にあてられて少しでもポカポカして頂けたら幸いです。


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