イタズラしてもいいですか?

Presented by Suzume

「龍也さん、Trick or Treatです!」
 学園での仕事を終えて個人事務所に戻った龍也を迎えたのは恋人のそんな可愛らしい声だった。黒いワンピースととんがり帽子といった魔女の仮装までしている手の込みようだ。
 ハロウィン当日ということもあって、昼間も生徒達から何度となくそんな言葉をかけられていた。思わず反射でポケットを探った彼は、指先に触れた飴玉を握って、春歌のほっそりした手を取った。
 しかし、掌の上にそれを置こうとして、見上げてくる瞳が緊張の色を宿していることに気が付いた。
 こいつが本当に欲しているのは果たして菓子か否か。そんな考えが頭をよぎる。
 わからないならば聞けばいい、という結論に達するまでにかかったのはコンマ数秒だ。
「……ここに飴玉が一つある。お前が望んでるのはこの菓子か? それとも――俺に悪戯を仕掛けたいのか?」
 龍也が声を低めて囁くように聞けば、初な少女はたちまち頬を真っ赤に染め上げて視線を泳がせた。
 普段の彼は菓子類など持ち歩くタイプではない。だからこそ不意を衝いて――少なくとも春歌は不意を衝いたつもりだったのだろう――大手を振って悪戯をできるとでも考えたに違いない。誤算は浮かれてはしゃいでいた生徒達の存在だ。それがなければ龍也も今日がハロウィンだなんて失念していたことだろう。
 思惑を完全に摘み取られた春歌は一体どんな反応を返してくれることだろう。
 興味深く様子を眺めていたら、物言いたげな瞳がまっすぐこちらを見上げてきた。
「龍也さんは……」
 そこまで言って、しかし先の言葉はなかなか口を突いて出てこない。
「俺は?」
 先を促すように問いかければ、彼女の視線が落ち着かなげに宙を彷徨い始めた。
 既に頬どころか耳まで赤い。
 一体この少女が何を言おうとしているのか、俄然興味がそそられて、龍也は少し意地悪い気分で、身を屈めて顔を寄せた。
「言えよ」
 指先でそぅっと頬を撫でて問いを重ねる彼に、春歌は一層顔を赤くして身を縮ませた。
「りっ……龍也さんはどちらをお望みですか!?」
 緊張のあまりか、声を裏返らせて発せられた言葉に少しだけ面食らった。
「お前……」
 ぽかんとして呟けば、身の置き所がないとでもいうように彼女の肩が小さく震えるのが見てとれた。
 可愛いとか、愛おしいとか、そんな感情が胸の奥から次々と湧きあがって止まらない。
 龍也は相好を崩して恋人の額に自らのそれをくっつけた。
「俺が、菓子はやらないから悪戯してくれって言ったら……してくれんのか?」
 期待に胸が逸るのを感じながらそう聞けば、春歌は恥じらった表情を浮かべながらも確かにこくんっ、と頷いた。
 天然で、少し子供じみたところのある彼女は、一体どんな悪戯を仕掛けてきてくれるのだろう。
 緊張した様子や反応から色っぽいことを期待したくなるところだが、春歌の赤面症は学生時代からのものだ。想いが通じ合ってからはそれで肩透かしを食らったことも少なくない。
 過度の期待はしないように自分に言い聞かせ、やってみせろというように目で促した。
「じゃぁ……少し屈んで、目を閉じて下さい」
 赤い顔のまま彼女が言うのに従い、身を屈めて目を閉じた。
「こうか?」
「はい」
 思いのほか近くで聞こえた声と、微かに肌に触れた吐息に、らしくなく胸がときめいた。
 春歌の性格から鑑みて、人が本気で嫌がるような悪戯を仕掛けてくるとは思えない。たぶん企んでいるのは、微笑ましい、可愛らしい類の悪戯だろう。
 目を閉じたまま何が起こるかと待つこと数秒――それは思いもかけない形で訪れた。
「っ……!?」
 耳朶に吐息が触れたかと思ったら、次の瞬間、その箇所が湿った柔らかな感触に包まれたのだ。少し遅れて硬いものが耳朶に触れ、甘やかな痛みを与えた。
 痛いよりくすぐったいと言った方が近いが、くすぐったいというよりはもっと……
「お、前……何をっ……!?」
 反射で屈めていた身を起こしたら、背伸びをしていた春歌がぐらりとバランスを崩した。慌てて支えようとしたら、勢い余って抱き寄せるような格好になってしまった。
「えぇーと……悪戯、成功しましたか?」
 照れくさそうにはにかまれ、その笑顔の愛らしさに眩暈を覚えた。
「お前、どこでこんなの覚えてきた……?」
「その……月宮先生に、龍也さんは耳が弱いから悪戯するならこうしなさいと……」
 予想通りの答えに脱力した。
「あの野郎っ……」
 口の中で低く唸って、それから春歌を抱く手に力を込めた。腕の中にすっぽり収まってしまった彼女は何か失敗でもしてしまったのかと不安そうな顔だ。
「誰かさんの悪戯のせいで仕事どころじゃなくなっちまったんだが、当然責任は取ってくれるんだろうな?」
 少しだけ腕を緩めて囁けば、途端に笑顔になって、
「こちらでできる仕事は全部済ませておきました」などと可愛らしいことを言う。
 そんな風に誘われで、どうして知らぬ振りなどできるだろう。
 たまにはこういう祭りに乗っかるのも悪くない。
「Trick but Treat……菓子なんか要らねーから、存分に悪戯させて貰うぜ」
 覚悟しとけよ、としっとり囁いて、龍也は先ほどの反撃とばかりにさくらんぼ色の唇を味わった。








ハロウィン近いのでハロウィンネタを!!
というわけでして、何番煎じかもわからないくらいベタなハロウィンネタです。
可愛い悪戯が思い付かなくて耳カプになりました(笑)

Go Back